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国内の法や政治にはロマンがある。法の支配の確立・深化、民主的な政権交代、貧富の格差の是正……。対して、国際関係という場に進歩は可能だろうか。
先のイタリア滞在の時にお世話になった友人が、ガザで写真を撮ってきた。覚えている人もいるだろうか。2008年末から09年始にかけて、イスラエルはパレスチナ自治区ガザに侵攻し、市民を含む1400人もの死者がでた。そのうち子供は1/3を数えた。その時の写真である(写真と背景記事が『週刊金曜日』2009年7月19日発売号に出たので詳しくはそちらを参照されたい)。
「ガザ」というのは、日本語だと「ガーゼ」の語源となったような、もともとは地中海沿岸に典型的な美しい綿花の栽培地である。しかし、戦場と化したガザでは、物品の交流を制限されたために、日常品はおろか薬品さえも甚だしく不足し、仕事も武器もなく、貧困と憎悪が増殖している。もちろん、そこに(イスラエルの存在を認めない)ハマスが伸長を重ねる余地がある。
見せてもらった写真はひどいものばかりである。腕や足がなく、顔の識別も難しい、手術台で医師たちが呆然とする類の写真であり、時に子供のものも含まれていた。
写真を撮った友人は、普段はベルルスコーニにゴマをすり、ACミランのユースの学校をエジプトで運営し、ゆくゆく女性にウィンクする絵にかいたようなイタリア人なのだが、この話をするときばかりは表情がこわばっていた。
彼の情報源はヨルダンの医師だった。その医師を介して、通常は入れない手術室の光景を写真とビデオに収めている。そこで聞いてきた話は、常軌を逸したイスラエルの蛮行であった。
たとえば、イスラエル軍が学校を攻撃するのはすでに珍しいことではなくなっているが、今回は同じ学校でも、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の運営する避難所となっている学校を砲撃した。ここでは少なくとも40人が死亡している。
イスラエル側の報告書ですら、パレスチナ側の死者は1166名に上る。うち709人がハマスなどの戦闘員、民間人は295人(残りは不明)としている。ガザ市の人権団体「パレスチナ人権センター」が挙げている数字は少々異なる。それは、パレスチナ側の総死者数を1417人とし、全員の氏名を公開した。926人が民間人で、うち313 人が18 歳未満の子供、116人が女性、戦闘員が236人、警察官が255人だったと報告している。そのほかにも4000家族が家を失い、避難民となった。国連の職員も28人が命を落とした。
私に友人が撮ってきた写真の一枚は、手足を縛られた大人の男の死体を写している。ハマスと目されたその男は、まず家宅捜索を受け、そこで縛られ、足を撃たれ動けなくされた上で、空から爆弾を撃ち込まれていた。
写真の多くは、その爆弾の正体を物語っていた。いわゆる白リン弾である。ふつうは夜間に曳光弾として使用される。しかし、それは白昼、一般人に向けられた。
そうなるとどうなるのか。白リン弾の破片・粉末が飛び散り、顔・肉体に降り注ぐとき、その物質は皮膚の中から熱を持ち、皮膚の細孔から抜け出てくる。その結果、皮膚の表面が真っ赤に焼けただれたような状況になる。くわえて、白リン弾には重大な副作用があり、肝機能不全の原因になるようだ。それは、まっさきに高齢者や子ども、女性に影響を与える。戦争犯罪の色彩が濃くなる所以である。
このイスラエル侵攻は、2月に予定されていた同国の総選挙前に起きた。攻撃に踏み切った与党カディマ政権は、選挙を前に勢いづく対パレスチナ強硬派の野党リクードから弱腰と批判されていた。攻撃の背景にどういう計算があったのか想像するのは容易である。年末に予定されていたイスラエル=ハマス間の停戦協定の失効を契機に、カディマ党政権は最強硬策を採ることで右派の票を取りに行ったのである。
また、この侵攻はアメリカにおける権力の交代期になされた。あきらかに親イスラエルのスタンスを計算できるブッシュのうちにイスラエルは手を打っておきたかった。攻撃はオバマ大統領の就任式の直前にピタッと止まった。
約1400名の人命はそのようにして、あっという間に失われたのである。
3年前に新設された国連人権理事会は、今年4月に調査団を組織し、6月にやっと現地調査に入った。9月に提出される人権理事会への報告書には注目したい。
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