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附属高等法政教育研究センター

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 イベント詳細

シンポジウム・研究会の記録

2000.10.13 掲載

連続シンポジウム「どこへいく日本の民主主義Part 2」 「自民党に明日はあるか」

田中真紀子●衆議院議員
中谷元●衆議院議員

主催:高等法政教育研究センター

山口二郎センター長あいさつ

 みなさん今晩は、金曜日の夕方という大変に忙しい時間にもかかわらずかくもこんなに大勢来て頂きましてありがとうございます。ちょっと遅れましたが、ただいまから公開シンポジウム「どこへいく、日本の民主主義Part2 自民党に明日はあるか?」を開催いたします。私は、主催いたします高等法政教育研究センター長の山口でございます。今回、私どもセンターで日本の政治を考えるという連続シンポジウムを企画致しまして、その第1弾は7月に衆議員選挙の直後、田中秀征さんと石川真澄さんをお招きして「政治を斬る」といたしまして比較的いまの自民党政治に対して厳しい分析と批判を行なったわけですが、次は当事者の自民党の中で改革を進めている若者の主張を直に聞いてみようということで、今回の機会を設定致しました。田中真紀子さん、中谷元さんという「自民党の明日を創る会」の中心的なメンバーであるお二人に来て頂いてこれから講演と討論を行ないたいと思います。実は、私は何処で田中さんと知り合いになったかというと、今年の5月に自民党の政調会の部会で田中さんたちが今行なっている議員立法に関連して少し話をしてほしいということで、機会があったら一度大学の方へお出でくださいとお願いしたところ、ご快諾を頂いたということであります。その時に、6月の総選挙の直前ということでありまして私が政調会で話したときに参加された議員さんの数が少なくて、田中さんが「せっかくお出でになったのに議員の数も少なくてすみませんね」と仰って頂いて、私が「選挙の前だからしょうがないですよ」と言ったら、「学者がそんなことを言ったらだめですよ」と怒られて、それ以来、たいへん見識のある方だと私も尊敬をしていたところであります。
 今日の進行なのですけれども、前半お二人の方から各々30分ずつ基調講演を頂きまして、間に5分ほど休憩を入れまして後半私と3人でパネルディスカッションを行なうという形で進めてまいりたいと思います。いつものことですが、講演の途中は携帯電話等の電源を切っていただくということと、一般の来場者の方々には写真撮影をご遠慮頂きたいと思います。

 お話頂く前に、お二人の講師について簡単にご紹介しておきたいと思います。まず最初にご講演頂く中谷元さんは、1957年に高知県のお生まれでありまして、防衛大学校を卒業後防衛庁などを経て、90年衆議員初当選、以来当選4回で現在は自治省の総括政務次官としてご活躍でございます。田中真紀子さんは1944年、東京都にお生まれで、早稲田大学をご卒業後、1993年の衆議員選挙で初当選を果され、94年には村山内閣で科学技術庁長官を務められまして、その後のご活躍はみなさまもご承知の通りであります。

 さっそくお二方から今の自民党政治について内側からの様々な批判や提言などを伺いたいと思います。

 

 

第1部 講演 「自民党若手改革派は、政治をどう変えるのか?」

Ⅰ ● 中谷 元  氏 (衆議院議員) ●

 みなさん、こんばんは。ただいま山口先生からご紹介頂きました中谷元と申します。おそらくみなさんにお会いするのは初めてでございますし、私も北海道のほうへは仕事で再々きますけれども、このような集会にお招き頂くのは初めてでございますし、歴史と伝統のあるクラーク会館で話をさせて頂くということにつきましても光栄に感じております。山口先生には、私たちがいま議員立法をしておりますけれども、その専門的なご意見を伺いたいということで今から半年位前に党本部で勉強させて頂きましたけれども、今日はその御礼にという意味もありまして、こちらにお邪魔した次第でございます。
 私は高知県の出身です。空港に着いて最初に思ったのは「涼しいな」ということでありますし、空がひじょうに広いのですけれども空の広さは私の郷里の高知県と同じ広さなのですけれど、高知はいま昼間の気温が29度でございます。こちらは10度ぐらいですか。ひじょうにギャップがあります。まだ大半が半袖ですし、今日はコートの方もいらっしゃいます。ひじょうに日本の広さを痛感しております。高知はみなさんもお越しになった方もいらっしゃかと思いますが、いま札幌-高知で飛行機が飛んでいまして2時間で行ってしまいます。高知市と北見市が姉妹都市で、開拓の関係で我々の先祖がお邪魔しておりますし、高知と言えば坂本竜馬、ご存知の方もいると思います。坂本竜馬の甥子さんが北海道に渡って生涯暮らしたということでご縁がございます。私も、曽祖父が戦前、樺太の裁判所で仕事をしておりましたし、祖父もロマンを求めて名寄市のキタクカにある農場を開墾して当時、米作りをしたそうなのですが、残念ながら失敗して東京に来たということでございますが、今でもこの前、親父がその土地に行くとバスの停留所に「中谷農場」というのがあったそうなんでひじょうに喜んでおりました。そういうご縁もありまして。最近は「よさこいソーラン祭」で高知で8月にやっております「よさこい祭り」を北大の学生さんが「これは面白い」とこちらに持ってきたそうですけれども、いまや高知県のよさこい祭以上にソーラン祭のほうが100万人以上の方が来られるということでお株を奪われてしまいまして高知からもこちらに来ておりますが、そういう意味では交流が広がって喜んでおります。

 なお今日は、まず21世紀の日本の課題について、政治家の目から見てどう考えているかをお話してみたいと思いますけれども、私は42歳の国会議員としてこれからの将来を考えて見ますと、日本は悪い方向に行っているのではないかとたいへん心配をしております。いま自治総括政務次官として自治省におりますけれども、地方の今の財政赤字がどのくらいあるかと申しますと、まず財源不足だけでも9兆8673億円。それから地方債とか過去の債務を入れますと184兆円を突破いたしました。国の借金も合わせますと合計が670兆円くらいになりますので、だいたい1世帯あたりの借金が1700万円。赤ちゃんからお年寄りまで入れまして、これだけの財政危機に入っております。太平洋戦争で言えば、最初は真珠湾等で「Japan as No.1」で調子がよかったのですけれども、今やミッドウェー海戦で敗れ、またガダルカナルの泥沼状態で、このまま突き進みますと沖縄決戦、本土決戦ということで日本の国が破綻をするという状況になるのではないかと、そういう意味では、いま構造改革や財政構造改革はやっていかなくてはなりませんけれども、これができるかどうかが私が政治家をやっている1つのいちばん大きな仕事でありまして、このしごとを成し遂げるために全力を尽くしてまいりたいと思っております。そういう意味で世の中全体が将来に対して不安とか心配を感じておりますし、また北海道大学の学生さんもほんとうに就職大丈夫かなということが大きな頭痛の種かと思います。これからの日本にとっていちばん必要な言葉は、今日、北海道大学に来た関係もありますが「Be Ambitious 大志を抱け」と、「青年よ大志を抱け」という言葉もありますけれど、私は日本人よ大志を抱け、日本人の政治家よ大志を抱け、この大きな志というものが今の日本人一人ひとりに欠けているし、また必要なのではないでしょうか。この北海道の歴史を見てみますと、明治の最初に開墾が始まりましたけれど、それこそ電気もない水道もないガスもない状態の中で、我々の先輩が命がけで開拓を進めてきた。子供もお母さんも大地を耕し、炭坑も掘ってひたむきに働いた。そのときに今のような物質文明と比べて何もない時代でしたが一生懸命がんばればなんとかなるのではないかと、そういう希望と挑戦心と志があったのではないか。しかし、今の日本、ひじょうにこれからがんばろう、人のために国のためにがんばろうという気持ちがひじょうに希薄になってきていまして、私はこの志がないということが日本のいちばん大きな問題だと思います。そして、他の国と比べると日本は豊かでリッチになりました。しかし、先立て私はベトナムとカンボジアを訪問いたしましたけれども、確かにあの国は戦争で傷ついてたいへん苦労しました。しかし、平和を取り戻した後、いま経済的に目標をもって必死に働いておりますけれども、目の輝きが違うのですね。ひじょうに素直で向学心に燃えて、前向きでお話をしていてもとても気持ちがいいのです。家の造りもほんとに粗末な小屋で、電気もガスもないんですけれども、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、子供の3世代が1つの部屋の中で一緒にご飯を食べて笑顔をもって会話も弾んでおりまして、これは経済的には大変かもしれないけれども明るくて幸せなんだなと思いました。また近くの幼稚園を見させていただきましたけれども、大きな木があって裸足で子供たちがその木に登ったり降りたりして、ひじょうにのびのびと遊んでいるのですね。日本の幼稚園とか小学校を見て、こうして裸足で走り回れるような公園があるのだろうか、そういう教育をしているのだろうか、まったく心の素直さという問題においては羨ましいなと思ったのが率直であります。原点に立ち返るという意味ではこの北海道大学の「Boy is be Ambitious」、この言葉を肝に銘じてやっていかなければならないと思います。

 それから、私は今の日本に必要なことは、もう1つは目標を持つということでございます。日本は経済大国を目指してやってきましたけれども、それを達成して後の目標がないと、いま漂っております。私は自衛隊出身の国会議員としてただ一人、一般の国会議員さんと違って自衛隊で実際に訓練をしてきて体験をした経験を持っております。自衛隊の教範のなかで勉強になったことは戦術、戦略を勉強させて頂きました。戦術からいうと、戦いの9原則というのがございます。相手と対峙して戦うときに何が必要か、どういうことが大事かというのが9つあります。その第1に言われるのが「目標を持ちなさい」、相手の弱点とか最終的に打ちのめす目標をもちなさい。第2は「主導権を握りなさい」、3番目は「統一した動きをやりなさい」、4番目は「経済性を考えて、最後まで続くようにやりなさい」といこと。次は「機動力」。考えていただけではだめで、それを実現する手段を持ちなさい。それから「集中」とか「奇襲」とか「簡明」、分かりやすい作戦を立てなさい。そして最後は「報ぜん」と。この前も自衛隊のスパイ事件が起こりましたけれども、秘密がもれたり、中で内輪もめが起きたりしないようにと9つの原則を掲げました。

 やはり、国としてもこれからどういう国を目指すのかという目標を持たないと、何事も始まらないということです。ですから21世紀まであと2ヶ月半、75日になりました。20世紀から21世紀へおそらく大晦日は大騒ぎをして暦は1日進むだけの話かもしれません。私はぜひやってもらいたいのは、「1年の計は元旦にあり」と申しますけれども、21世紀の日本の目標をどう持つのか、そしてみなさまがたの人生の目標を21世紀はこうするのだというような目標をぜひ持って頂きたいと思っております。私は目標を持てば、次は国家戦略として、この目標を遂行するにはどうしたらよいかという手段を考えなければならないと思っております。日本は戦略なき国家というふうにいわれておりますが、戦後のいろんな関係で日本は目標を達成する手段を持ち得ませんでした。しかし、いつまでもこういう状態ではいけないということで、手段を持つということが21世紀の日本のいちばん大事な問題ではないかと思います。

 そこで我々若手政治家としてですね、21世紀どんな国を目指したいかということでお話をしたいと思います。私は物事を考える座標軸を4つもっております。一つは民主主義、2つは自由主義、3番目は平等、4番目は平和です。この座標軸に合わせて日本も20世紀の戦後も進んでまいりましたが、本当にそういう国になっているかということを改めて考えてみますと、まず自由主義という観点では、確かに言いたいことも言う。やりたいこともできる国になりました。しかし、経済的に見てみますと日本は自由主義経済国ではなくて社会民主主義経済国になっているのではないかと。例えば、年金、医療保険、介護保険、税制、経済対策、確かに世界的に充実いたしました。そして今の時代はそれがひじょうにいいわけですが、しかしこれから20年30年してまいりますと、負担をする世代がひじょうに少なくなってまいりまして、今の水準でいきますと必ず若い世代、とくに40歳以下の世代の方が負担をしただけの給付が受けられないという現象が起こってまいります。そういう意味におきまして、私は社会民主主義の国になると。つまり給料の稼ぎの半分以上が税金と保険で取られて何のために働いていくのか、こういう活力を失ってしまうのではないかと思っています。そしてもう1つは、自由主義経済といっても中味がすっぽり無くなってしまうというふうに思います。つまり農業、林業、水産業も自由貿易の関係で外国からどんどん品物を入れました。スーパーでも1円でも安いとそっちへ走って外国農産物を買います。家を建てるときも1円でも安い家を建てろということで、日本にはたくさんの森林があるにもかかわらず外材を使ったり、プレハブを建てたりと、そういう国内のものを大事にしておりません。また物を作る工業にしてもひじょうに人件費が高くなった関係で外国からどんどん洋服や車などを入れて、たしかに安くて便利になりましたけれど、そのぶん国内の工業、産業が廃れて若い人の就職の雇用先がなくなりつつあります。そういう意味で心配なのは国内の空洞化というか、自由主義経済をこのまま続けてほんとうに大丈夫かと考えております。

 次に民主主義の座標の見地から私が思っているのは、いまは権利は要求する、しかし義務はあまり語られないという政治状況です。これは政治家が弱くて世論に迎合したりマスコミに叩かれたりですね、本来言わなければならないことを言わないような迎合主義の政治状況でございます。1つの例として、ごみ問題、いま各地で廃棄物、産廃施設ノーといっております。東京でも日ノ出町でこの産廃施設を拡張するということに対して地元の方々が反対、それに対して東京都は強制執行いたしましたが、どちらが悪いのでしょうか。どちらも言い分はあると思います。しかし、いちばん悪いのは平気でごみを出して、それを行政はタダで処理をして、そのまま放っておくという意識、感覚。それがあたりまえという意識がいちばん悪いのであって、補助金とか交付金を国として支給しておりますが、本来でしたら自助努力でがんばってもどうしょうもない、そういう時に国や地方自治体から交付税とか補助金をもらう。それが有難く思う。そういうのがノーマルです。それがいま、あたりまえになってしまって交付税を減らしてけしからん、補助金をカットして食っていけない。そうなりますとバブル経済ではありませんけど、雪だるま式に支給が増えてしまう。いまはいいですが、20年後、30年後の子供の世代が困るのはわかっておりますが、そのことは語られていない。わかりやすく言えば、子供や孫のキャッシュカードを取りあげて勝手に使って、それを平気と思っている。そういうふうな国民気質が見受けられます。ごみの問題もそうですし、最初に話した農業、林業、水産業に対する国を思って、国を愛するというのが無くなってきつつあるというのは、ひじょうに民主主義の問題点ではないかと思います。

 三番目の座標軸の平等で考えていきますと、いま言われている教育問題、とくに学校教育が考えられていますけれど、いま私の子供は小学校4年生です。子供の顔色を見ていますと、うちの女房もですね、小さいうちはけっして子供に勉強をさせないでおこうね。子供と一緒にのびのびと暮らしていこうねと言っておりましたけれども、やはり小学校3年、4年となりますと、もう教育ママゴンになっております。塾へ行かせて、家に帰っても割り算、足し算を何回もやらせて、子供も表情は暗いですね。勉強ほど嫌なものはないというふうにやっておりますが。勉強を終えたあと我が子はどうするかというと、二人姉弟で弟がおりますけれど、弟をいじめて気を晴らすのですね。ひじょうにストレスがたまっているなと思いました。そういう意味で、いま、学校教育のカリキュラムのあり方、またどうしても大学に行かせるという親の気持ち、こういうところに1つの原因がございますけれど、もう1つは義務教育のあり方ですね。いま塾とか予備校がありますが、学校が休んだり遊ぶところで塾や予備校が本当に勉強するところと。この際、もっと自由に勉強をさせるようなシステムをつくって、各々の個性に応じて勉強させることが必要ではないかと思います。これもみんな同じレベルの教育を受けさせることというのではなくて各々の好きな能力を伸ばすという平等が欠けているのではないかと思います。

 それからもう一つは男女同権で、これは平等で女性も自らの能力を発揮して社会に参画してほしいと私も思っておりますが、体の構造的に違うもの、また社会において必要性に違う機能があると思います。男性には子供を産むこともできませんし、お乳をあげることもできません。子供もお母さんというものがかけがいのない存在で、家事とか育児の仕事というのは世の中の仕事のなかでいちばん重要な仕事だと思います。それだけにいちばんたいへんな仕事だと思います。そういう意味合いからするといまの女性はなかなか結婚をしたくない、子供をつくりたくない、子供ができても仕事に行く。家庭の事情もあるかもしれませんが、やはりこの点は男がしっかりして女房、子供はわしが責任を持って食わせるというだけの自信と、女性は女性の大事な仕事は子育てであると。もし仕事をしたかったら子供が一人前になって20歳をすぎて40、50歳になってから働くと。それからまだ20年、30年は働けますから。やはりそういう意味でしっかりとした機能分担というものが必要ではないかと思っております。平等という点においてもしっかり考え直さないと子供がますます少ない社会になってまいりますので、女性の皆さんにはほんとうによろしくお願いしたいと思っております。

 最後四番目は、平和という座標軸でございます。戦後の日本は平和第一主義ということで、とにかく平和であれば良いという国是でありました。しかし、戦前はお国のため、人のためということが優先してそういう教育を受けられました。戦後は、お国のためとかはとんでもないと、日本は外地で何があっても何もしないのがいちばん良いのだというのが平和の意味だと思われてもおりましたけれども、私はそうではないと。現在、中東でも民族・宗教の対立で紛争が起こっておりますし、インドネシアでも紛争が起こりました。原因は何かというと民族、宗教の問題ですけれども、その問題は誰がいくら努力しても解決できないんです。つまり宗教というのは神様がいて、その神様の言うことが絶対正しいんだというのが生きかたでありまして、それを足して割って2で割るということはできません。しかし、現実には1つの国の中で共存・共用していかなければなりません。それはどうやって治めるかというと、哀しいかな軍事力とか警察の力とか法律などの仕組みで秩序を作らなければなりません。そういう意味で軍隊がなくなれば紛争はが起こります。軍事力は国にとって必要べからずでございまして、それで戦争を起こすのではなくて、それで平和を作っていく、インドネシアもそういう意味では必要なんですね。日本は一切そういうことには荷担しないということでやってまいりましたけれども、世の中そういうふうにうまくいかないわけでして、今後、日本が21世紀に向かって世界の平和にいかに貢献をしていくかということが大きなテーマでございます。私は国のため、人のためということを真剣に考えていかなければならない時代であると思っております。今日、私がお話したかったのは21世紀の日本、「Boy is be Ambitious 大志を持て」、そして目標を持つ、そして我々の先輩のように少々の苦労では諦めないような頑張りを持った忍耐力を持つ、この3つがぜったいに必要ではないかということで、このことを私法にがんばってまいりたいと思っております。以上で私の話を終わらせて頂きます。どうもご静聴ありがとうございました。

 

Ⅱ ● 田中 真紀子  氏 (衆議院議員) ●

 みなさまこんばんは、衆議員議員の田中真紀子でございます。私が北海道に前回参りましたのは道知事選挙があったときです。ご記憶のある方もいらっしゃるかと思いますが、現知事さんが選ばれたときでございますけれども、あのとき私はあまり他に選挙応援に行くのは得意でございませんし、引っ込み思案ですし、あまり物も言えませんから願わくば故郷の新潟県だけにくっ付いていたい、しがみ付いていたいと思っておりましたが、どうしてもと党のかなり厳しい命令がございまして、強圧に屈してどうかなと思ってたんですけど、行ったって人が集まるかもしれませんが、私が行くとかえって本人が落ちるんじゃないですかと申し上げると、そんなことはないと言って、当時の社会党、社民党系の女性候補者の方の応援に行きました。やはり、気合いが入ってないとだめなのですね。ご存知の通りの結果になりなまして、彼女はいま法律家としてお仕事をやっていらっしゃるわけですけれども、かねがねご尊敬はしておりましたけれども、ちょっと唐突で向かないのではないかと思っておりましたけれども、現在の道知事さんの下でもまた色々問題もあると聞いておりますので、まっ、人が変わるということは良いことだと思っております。
 今日は花金でございますのになんでこんなに大勢、ちょうどお腹の空く時間ではありませんか。私は飛行機の中でどらやき1つでもって、なんだかお腹は空いているし、眠くもありそうですし困ったなと思ってますのに、こんなに立錐の余地もないほど大勢の方がお集まりくださったのは、たぶん田中真紀子がどのくらい大きな口を持っているのかとかですね、暮れの流行語大賞で2本目をもらうような何かを言うのではないかという期待感でいらした方もあるかと思いますけれど、最近少し気を付けるようになっておりまして、ことに報道の方がおられると心象広大で報道されて迷惑で私は傷ついておりますから、今日はそのような期待をなさっておられても無理かと思いますので冒頭に申し上げておきます。

 空港から参りましたら、このシーズンに私は来たのは初めてなんですけれども、ナナカマドの実がほんとに赤くなっていて、ああ北の地に来たんだなという思いがしました。我が家の庭にも1本あるのですがまだぜんぜん実がついておりません。北海道に来たなという実感がありました。北海道に関して、今日新聞を見ましたならば、囲碁の世界で名人に北海道出身の方がなさっておりましたね。ああ、ほんとうに良いことだなと思っておりましたけれども。

 また、ちょっと先に進んで新聞を読んでおりますと、幌延町、私も科学技術庁長官の時は行かなかったのですけれども、その後に行きましたけれど、あそこでの高レベル廃棄物総処理の問題を私は早めに推進をすべしと私は現職のときにずっと言っておりました。それは、日本のエネルギーで3分の1は原子力でなっているわけです。この会場の電気ですとか、冷蔵庫やテレビや工場の電気、この原子力を使わないで進めばいちばん良いのです。ですけれども、私たちが工業化をしてこれだけ電気というものを身近に感じて享受して文化生活を営んで続けていこうとすれば、原子力と協賛することが必要なわけです。その中で私どもが原子力の核燃料サイクルというものを考えて、そして出たゴミを高レベルと低レベルあります。人間も政界にも高レベルもあれば低レベルもあって、いま混合だからこんがらかっているわけですけれども、高レベルは幌延の町長さんがぜひうちの所でやるとおっしゃって手を挙げてくださったんです。トウノウという所が関西にございます。関西も総処理をやろうと手を挙げてくださった。全国の中でこの総処理について研究施設を受け入れると手を挙げてくださったのは幌延しかないんですね。ですのに決断がなくて科学技術庁だけでなくて政治家も先送りをしていたわけです。ずっと。それが段々溜まってきたわけです。

 私は大臣在任中に日本の六ヶ所村、福井県も含めまして、私は地元の柏崎原発、これは世界でいちばん大きな規模の発電力を持っておりますけれども。そういった施設を99%近く全部自分の足で歩いて、全部見てきました。現場を見ないで政治家は机上の空論、学者や国会の議論だけでは生活者の声を吸い上げ、そして具体的な政策を作ることはできないと思っております。その時に幌延だけは行けなかったんです。逃げたわけではないのです。いまここに来て、あのまま永久処分地になってしまうのではないだろうかというのが地元のみなさま,北海道のみなさまの危惧であろうと思うのです。このことについて何年間かかったならば高レベル廃棄物の危険がなくなるのであろうか、どのような地層処理ができるか、そういうことについて一度でも科学技術庁が、政治家が、役所というより本来政治主導ですから、そういうことについて話し合いをしたことがあるのだろうか。いつも曖昧です。

 私が大臣になってすぐに六ヶ所村に行きましたのと茨城県の施設、動燃にも行きました。例の問題も起こしたのですけれども。日本でいちばん最初の原子力の火がともった所でございますから、そこに行ってみたんです。そのときに科学技術庁の役人さんが来られて言うことは「飛行機で着いた、あるいは列車で着いたら、ここは広いですねとか、人はいないですねとか、そういうことは言わないで欲しい。それから海に行きましても、きれいな海ですね。人がいませんねと言わないで欲しい」と。ということは、そういう所を核の処分場として考えなきゃいけない。あるいは原発の立地所として決めなければいけないということがあったならば、それは情報を開示して内閣の責任において遂行しなければならないですね。極端に言えば、では電気は要らないのですかと将来の産業構造も考えて電気がないような生活するのでよろしいかということについて具体的に議論をしなければいけないのです。それを避けてきて大臣が視察するときには人っこ一人いないとか、ばかに広い所とか、幌延はほんとうに広かったですわ。あんなに広いと岐路に補助金が出て立派な庁舎があって、幌延王国みたいな所に町長さんがふんぞり返っておりましたけれども、でもそういう所でないと総処理もできないと研究もできないということであればですね、そういうことの話をしなければならない。私は幌延のこの報道を見まして大事な問題だと思いました。

 とくにクリーンエネルギーのような問題は、北海道のような大地でいちばん研究開発ができる所だと思います。ご存知と思いますけれども風力ですとか波力、地熱ですね。地熱というのは地球のマグマのエネルギーで温泉が出るじゃないですか。日本人はすぐ、定山渓もそうですしょうし、熊本も箱根も温泉が出るとすぐに温泉たまごやったり、石鹸とタオルを持ってすぐ飛び込んで「ああ、いい湯だった」と言って喜んで帰ってきてしまいますが、ニュ-ジ-ランドでは、日本と同じ地熱がある所ですが、それを利用して発電をしているのですね。それと廃棄物、ゴミを使った廃熱利用という発電もありますし、あとは波力、波の力ですね、マイティホエールというのですが三重県の湾のほうで研究開発されていまして、自然にあるもの、我々の生活から出るゴミを使って自然エネルギーとして私たちの生活に取り入れていこう、そうすることによって原子力も縮小化していって、代替エネルギーですけれども、そういうものを自然界からもっともっと利用して私たちの生活に取り入れていこうではないかという研究開発があるわけです。この北海道はいちばんそうしたことができる素地のある所だと思いますので、そうした視点をもっともっと道民の皆さんももちろんですけれども私たち日本人が全員考えなければいけないと考えています。

 それから、北海道というと全国で知られた拓銀の問題、経済の問題ですね。これはひじょうに残念なことなのですけれど、これはまだ北海道の経済を疲弊させているようで、失業率が6.5%、全国の中でもひじょうに厳しい数字だということを今朝調べてまいりましたけれども、そういう問題もありますけれども、それから農業、北海道は全国でいちばん、世界の中で言えばオーストラリアとかアメリカのようなひじょうに豊かな大地というものを私たちはすぐ思い浮かべます。トウモロコシやジャガイモや小麦やお米もありますが、私のような新潟県の人間は、日本一の良質米の産地であって、最高高値で入札で売れるはずなのですけれども嘘ですか。じゃ後ほど…さん。私はあのマンマ食って育っておりますので他の県のはどうもと思っておりますけれど、最近はひじょうに品種改良が進んでおります。ある北海道の先生が、私は議員になって7年目ですけれども、初当選のころ「北海道のお米は厄介道米と言われているぐらいだから、真紀子ちゃんぜんぜん駄目だよ」という話があったので、反論は後ほど伺いますので、「それじゃ北海道はどんどん転作をして頂きまして、減反をして頂きまして、我が越後は減反しなくていいではないか」というふうに思ってまいりましたが、そうでもなくて品種改良してくる、それから環境に与える水田の影響ですとか、先祖伝来の土地を護ってらっしゃるみなさまたちの考え、それから農地制度の問題もありますし、そういうことをトータルで考えてどのような食料を私たち生活者のためにどの地域からどのように安価で、しかも安く安全なものを提供するかと、しかも残ったものを世界と共に私たちは協賛、共栄していかなければなりません。ですから、そういうものをどうやって提供していくのがいいのか、5人に1人がアフリカを中心にして餓死しているのです。にもかかわらず日本はお米の場合150万トン備蓄があればいいと言われていますのに今年は日本中豊作です。北海道も新潟も。そうしますと280万トン越えるお米が備蓄されている。もちろんWTOの問題ですとか色々とあって余剰米を援助米に出せないとは言いますけれど、国内で農協に私たち国会議員があるいは農林省、食糧庁が言っていることと、世界での会議で言っていることと違うのです。齟齬を生じているのですね。ピントがぴたっと国内で言うことと外国であることと政治は1つでなければいけない。One Focusでなければいけないのですね。にもかかわらず国内の農業団体に申し上げることと国際会議で言っていることと違っているということはですね、国際社会の中での日本のあり方、それから世界に対する日本の役割、食料供給基地として日本は何ができるか、私たちも安定的に食料自給率を上げ、且つ外国にも貢献するにはどうしたらいいのかということを、やはりもっと開かれた形でみんなで議論していくことが望まれるのではないかと思んでます。

 もちろん雪の中で、寒冷地で暮らしてらっしゃるみなさま方ですから、私ども新潟県と同じような雪の苦労があると思います。冬になればスリップ事故もありますでしょうし、新潟県もロードヒーティングをやりたい。スキーの観光でも湯沢とか苗場など、いいとこがあるんですね、スキー場が。北海道には負けますけれども、雪質が違います。ですけれどもロードヒーティングをやりたいといってもコストがかかります。それから融雪道路というのがありますね。地下水を汲み上げてシュウーとジョウロのように出して溶かすのです。これはたいへん軽便なように思われていましたけれども、あまりにも地下水を汲み上げるために土地が陥没してしまいましてね、その問題もあります。どうすればいいか、いま塩カリを播くということをやっておりますし、タイヤの研究開発もされていますけれど、トータルで見てこの時間とお天気というものはどんなに科学技術が進みましても変えられませんから、どうやって自然と共生して暮らしていくのかとそういう技術開発、これにはふんだんに予算を投入しても良いんではないかと思います。私は、科学技術は未来への先行投資と思っております。私どもの生活に役立つような研究時開発、そのための投資、私たちの税金です。誰も喜んで税金を納めている人はいませんから。私たちが得心のいくような、納税者がなるほどねぇと納得するような税金の使い方を、海外に対するODAであれ、あるいは国内の予算の組み方であれしていかなければならないということを切実に感じております。

 北海道は言ってみれば全国の縮図のような、いま申し上げたように色んな問題点を持っているわけですけれども、その中で世界で日本はどのような位置付けがあるのか、どのような問題を抱えているのか、世界から見られているのかということを考えてみたいと思うのですが、少子高齢化ということメディアからみなさま聞き飽きるほど聞いているかと思いますが、日本でいちばん速いのはもう新幹線ではないのです。高齢化のスピードなのです。たいへん速いのですから。いわゆる厚生省等で言っているお年寄りが65歳以上で、そうするともうほんの数年で二人の若者が65歳以上のお世話をしなければならない。それは社会保障制度の面でいちばんはっきりします。年金ですとか、医療ですとか、福祉ですね。そういう身の回りの介護の問題、我々が老後楽に安心して生きる。若いときに国のために一生懸命みんな働いてきています。日本人は勤勉で我慢強くて、その蓄積したものを私たちの老後安心できるような形で使えるような制度をいま再構築しているわけです。なかなかうまくいきません。なぜでしょうか。それは価値観が多様化しているからだと私は思います。少子高齢化といえばほんとに80、90歳の方たちと20歳で、全国何処へ行っても茶髪にピアスでルーズソックスはいてガングロだかなんかどこが良いのでしょうね。ああいう方たちと80の方たちと価値観が同じわけないです。見るテレビも違います。片方はサッカーを見てますからね。もう片方は髷物を見たいと思っているわけですから。価値観が違うのですよ。食べる物の量も趣味も。これは世界中同じです。驚くことではない。また一方、大都会とそれから地域社会ですね。全国ほとんど地域社会と思います。大都会は東京、神戸や大阪や特殊でございます。それなりの問題点がありますけれど、地域に住む方々とそれから都会に住む人間が納得のするような経済構造といいますか、社会システムというか両方が、自分以外のものを人間はほんとにうまくできてなくて自分以外の状態を理解するということができませんね。頭でいっとき分かったかもしれませけれども、身体を通して現場で見ていないと自分が痛みを感じていないと、あるいはその喜びを知らないと理解できないのですね。

 大企業と中小企業。日本は99.数%が中小企業です。資本金一億円以下で従業員が数10人、ほんとうはもっと少ないのです。全国をみますと零細企業のほうが多いのですよ。そういう方たちが見ている痛税感。税金を納めていることによって感じる痛みと大企業で税金がずっと天引きされていって、いったい自分がいくら税金を払っているの分からないような方たちとでは、税金に対する考え方がすごく違うのですね。いま申し上げたようなことで価値観というものがひじょうに違っています。アメリカのような多民族国家とかあるいはヨーロッパのようにEUが統合すると言っています。通貨、経済が統合して、政治統合して最後は軍備で1つのユートピアをヨーロッパがつくる。そして基軸通貨としてアメリカに対応できるユーロをつくるといっていますが、現実にはなかなかマルクもポンドもフランも愛着があるのです。なかなか、理念はあるのだけれど自分たちの思いとかエゴがあってうまくいかない。これが人間なんですよね。

 そういう多様化している人間社会の中でベストはありません。ではどうするか。その中での最大公約数。価値観がどんどん多様化している、その中で最大公約数、こういうような政策をする。なぜか。世界の中で日本の役割。どうやって平和に共存していくか。そうじゃないですか、人生1回しかないのです。いまみなさまと北大の講堂でお目にかからせて頂いている。これは、ほんとうに偶然だと思います。次回、同じようにこの順番に立って頂きまして座って頂きましてですね、同じ時間に同じように「もう1回さあやりましょう」と言っても、これはできません。偶然なのです。たまたま、みなさんがお腹が空いてもお手洗いへ行きたくても我慢して、そのうち田中真紀子は何か失敗して言うのではないか、口滑らすだろうと待ってらっしゃるみなさまがただろうけれども、同じように座ってはできないのですよ。これは偶然なんですね。だから命というもの、お互いの出会いというものは極めてかけがいがなくて大事にしなければいけない。人の尊厳も護らなければいけない。自分も人も大切にしながら、そうして世界と価値観の違う、みんな違うDNAも違うし、過去も未来も死ぬ時は一人で死ぬのです。よくうちの親が言っていました。なんだかんだ言っても死ぬ時は一人で棺桶に入る。「はい、さようなら。お世話になりました」、これでおしまいだと。下手したらそれも言えないで死んでしまうかもしれない。言いませんでしたね、うちの両親とも。だけど私は言っていましたよ。いつも感謝していますよ。いつも好きですよと。言いすぎたらごめんなさいと。だっていつ言えなくなるかわからないじゃないですか。一期一会でございますから、いつも親にはそれは必ず、「言ったわよ、言ったわよ」って言っていましたが聞いていたかどうかはしりませんけれども。あちらからはなかったですけれども、ただ愛する両親ですし、ほんとうにそういうことは一人っ子ですから常に常に私からは情報を発信していたつもりですけれども。

 そういう中でですね、世界の中で私たちも生かして頂いている。食料がないときには、ベトナムですとかタイですとか、オースチラリア、カルフォルニアからもお米を輸入させてもらいました。みなさんご存知の通り、いま入学試験にも出るそうですけれども、天ぷら蕎麦は何ヶ国のもので出来ているか。日本のものでないわけですね。大豆だって中国から来ていますし、海老はメキシコ湾から来ているとか、タイガーシュリンプだったりしますしね。お蕎麦だって粉が違う所からきていたりとか、ほんとにあらゆる物で私たちが典型的な天ぷら蕎麦を食べているわけですよ。ですから目に見えない人たち、社会に対して日本がどうするのか。そのための施策はいま、いまの時代、私たちは何をつくるのが最善であるか、最大公約数、先ほど来申し上げています、それに向かってですね玉を投げるのが政治家なんです。いま、投げないですから。投げないで持っていてどうしようかな、どうしようかなと言っているのですよ。それで、しかもインターネットでもって時代が早くなっています。グローバリゼーションと言いますけれど、同時に分かってしまうわけですから、世界中何処にいても時差も宗教も顔の色も全部飛び越えて、言語も飛び越えて同時ですよ。

 ダイアナさんが愛人とパリの地下道でぶつかって亡くなったと、もうすぐにぱっと世界中が分かってますからね。新潟のほんの数十人しかいないような山の中に行っていたのですけども、おばあさんが「ダイアナさんちゃかわいそうだの」なんて新潟弁で言っていたので、どこのダイアナね。ここらの犬がダイアナというのかと。山の中でですよ。そしたらおばあちゃんが「いやあ、おまえ知らんのかね。おらテレビでみんな知ってますね」というから「なんだね」ったら「ダイアナさんがの、おフランスのパリでぶっかって死んだとよの」と、どこのダイアナさんかと思いましたが、それほどパリで起こったことが新潟県の山奥のおばあちゃんも分かっているという時代なのですから、いやでも共に生きているのです。生きていかざるを得ないのです。

 そうしたら、それに合わせてどのような経済構造をつくり、政治体制を組むか。ただ私は最近、議員になって7年しか経っていませんけれど、この政治の役割は駄目なのではないかな、機能しないのではないかなと思っております。自民党内にいれば相変わらず派閥、派閥ですよ。ポストも大臣になるのも、みなさん分かりますか、いま労働大臣が誰で、建設大臣が誰で、外務大臣が誰で、科学技術庁長官が誰で、奥さん分かりますか。私も分からない。分からなくていいですよ。すぐ変わってしまうのですから。すぐまた省庁改編でございますから、すぐ変わっってしまう。戦後の経済も池田、佐藤、田中まではよかったのですよ。その後は何だかわけわかんないですね。がらくた、がらくた10何人か変わっているのでしょう。なった、なった、なったというけど、その順番だって言えませんよ正しく。見ている目の前を海部さんが通っても、羽田さんが通ってもすーっとこっちが行きすぎると警護官が付いていると、この人大臣やったなと思うだけの話でして、有難いとも何ともありゃしませんよ。向こうも思ってもらおうと思ってないだけ進んでいるのかもしれませんけども。ですから、そういう中で私たちはどういう政治をやるべきか。これはほんとうに悩ましいですよ。

 そして昨日たまたま、メキシコのオリベ大使に呼ばれて主人と一緒にお食事にお招き頂いたのです。そのきっかけは1974年にうちの父が総理としてメキシコに参りました。そのときの、カンタパートと言いますか、相手のですね。父はまだ53、4歳の若い首相で行ったのですが、メキシコの当時の大統領は50歳位で、自分は若いと思って行ったのに南米はもっと若くて優秀な大統領だと言って帰ってきたのを覚えております。イチベリアという大統領です。ひじょうに感嘆相照らして二人で、当時日本で五億円だと思いますが供出いたしまして、日本とメキシコがほんとに人的交流の場をつくろうと日墨学院、スペイン語でリセオメイカラアポネスというのですけれども、それをつくりまして、それがいまひじょうに良い学校に機能していまして日本人の方も行っている。移民なさった方たち、それから商社、銀行でメキシコへ行っている人たち、それからメキシコの一般の方も入られて日本の運動会をやったり、私も見に行きましたが、うちの娘二人も小さい時に体験入学で行ったことがあるのですけれども。

 そこの学校を父と共につくった大統領が引退なさって78歳でお嬢さんと一緒に来られたのです。お嬢さんと言っても私よりおばちゃんです。ちょうど世代が親同士似ていますから。その方の歓迎の小さなディナーが昨日の夜ありましたんですけれども、そのときに日本の政治はどうなればいいのだろうかという話をしましたら、大使は世界の形態はどんどん多様化している。インターネットでどんどんスピーディになっていると。そりゃそうだ。いろいろ例を挙げて喋ったのですね。要するに、結論から言えば政治が要らない時代になったと言うのですね。どういうことかと言いますと、スンダ・コンプレックス・ソサエティと、複合国家、多様国家になってきている。経済も社会も成熟化して、日本のようにまさに高齢化して物質的にモノが充分にある。もちろん欲しいものもあるかもしれませんが、戦後に比べてどうですか、みなさん。テレビの1台2台おありになるでしょう。自転車も孫が買い換えてくれと言ったら、すぐに買い換えられるぐらいの国民の金融資産はあるわけです。ただ先ほど言ったように先行き不安がありますので無理には使わないでいると。貯蓄と投資のバランスが悪いわけですよね。

 ちょっと話が脇に行きますけど、アメリカというのはひじょうに投資をしているのですね、個人で。ところが日本は銀行とか企業は投資をしているのですが、個人はタンス預金です。そしてにっくい嫁がいなくなったときにそおっと夜おばあちゃんが懐中電灯をつけて眼鏡をかけて鉛筆なめなめ幾ら溜まったかな、利息がまだ駄目だな、拓銀も駄目になったし今度どこへ行こうか、みずほ銀行ができるからそっちにやってみるべかとみているわけで、とにかくタンスで眠っている。なかなか投資しないですよ。イギリスでは機関投資家とか外国人投資家がお金を使ってくれているのですね。この話は後日してもよろしいのですけれども。そうしますと、そういう社会の中でほんとにもう成熟してしまっているのですよ、日本は。それを私たちはほんとに気付いていますか、みなさんは。私はもう1回国民みんなが考えた方がいいと思います。

 と言いますのは、あるスイスの国際会議に呼ばれてスピーチをやらせてもらったのですけれども、その時に学者とビジネスマンと政治家、日本から初めて7年ぶりに私が呼ばれたのです。なんでこんな無口でおとなしい人を選んだのか知りませんけれど、呼んだのはたまたまドライシスというスイスの女性大臣でよく知っていましたし、それに私を推薦したのがフランスの女性の首相で日本バッシャーで有名だったおばちゃんなんですけれども、女の縁でもって、私は国会ではだいたい女としてカウントされてませんでね、男らしい女だと思われているらしんですけれど、外国には女性議員として呼ばれまして、そのときに、スイスの会議でアジアからは日本とベトナムとインドしか行ってなかったのです。そこで白人たちが言うことは、「アジア、日本を除いて」と。「Asia,Exclude Japan」という言い方をするのですよね。なんじゃこりゃと思いました。私もアジアと。みなさんだってそう思いませんか。外国へ行って何人と言ったらアジア人と言いませんか。Japaneseですか。ジャパニーズ・ラーメンですね。やっぱりアジアですよね。アメリカでもヨーロッパでもアフリカでもない。その時に日本というのはほんとうに世界から見たときに、いわゆるアジアの国々とは違ったように見られているということです。

 昨晩、ちょうど今頃ワインを飲んでいたのですけれども、そのメキシコの大統領及び大使が言っていたことを申しますと、「もう日本は大きな指導力を持ったパースンのリーダーシップを持った政治家や内閣は必要としていないのではないかと」言われるのですよ。自分の国メキシコはまだまだちょっと違うというのですね。パレスチナとか南米も、日本人のフジモリさんがやっておられますペルーとか、そういう国は軍隊があって、さっきの中谷先生も防衛大ですからね、そっちに近いことを言っていて少し異議があるのですけども、そういう国はロケットを持って「いいか、いいか」と言って敬遠しなきゃいけない。ロシアが分裂していって、いま色々と問題が起こっています。ユーゴもあります。そういうのは、ロケットを持って「いいか、いいか」と言うのだと。しかし日本という国は、円盤だと言うのです。空飛ぶ円盤、ウーンと回ってエンジンが5つか6つ、経済や文化や政治はいちばん小さなパワーでいいとエネルギーは、そしてぐるぐる回ってどこにでも飛んでいけるのだと。そういう国だということで、自分たちメキシコはその中間に位置していて、でも円盤になってから考えては遅い。なる前にどういう国になっていこうとしているのかということを考えてほしいと。帰ってから主人と一緒にいろいろ考えました。良い話を聞いたね。なんかやはり違うことを聞いたねと言いました。今日も主人も一緒に来ておりまして、振り向いても駄目です。この辺にいないほど良い男ですから。おりませんので、隠してございますけれども。

 そういう中で、ほんとうに私たちがどういう状態に現在いるか。私が思っている日本人全員が受益と負担、どれだけ自分が負担をするか、できるか個人に着目することなのですよ。年金制度も医療もそうです。お年寄りだから65歳以上だから全部国が、国が護るのですか、そういう時代ではないのですよ。国民金融資産の分布という表をご覧になってください。60歳以上がたくさんお金を持っているのです。一人平均3,500万円、ちゃんと調べたのです、大蔵省に聞いて。奥さんもそれ以上持っているでしょう。喜んで嬉しそうな顔していないで、今日帰ったらまた通帳見ようと思ったのではないですか。そうなんですよ。それが年間2,000万以上の高額納税者が65歳以上なのですよ。ですからお年寄りだから弱いもの。走れば負けるかもしれませんよ。ですけれども資産を持っているのです。みなさまが田んぼやお墓、お店の名義など、どなたが持っているか考えたらわかるじゃないですか。30,40の立派な息子がいるからもう大丈夫だというのではないと思うのですよね。ですから、だけれどもほんとうに生活保護を受けておられる身体に障害がある、私たちもいつまでもこう達者ではありません。私も2、30年前はもう少しいい女で、もっと優しくて良かったのですが、最近気も荒くなってきまして、目も見えなくなってきましたけれども、年をとるのですよ、みんな。生あるものは必ず弱い立場になるのです。一人ひとり違う。だけども収入も違うのです。ですから障害者やお年寄やほんとうに社会的に弱い立場にいる方については、国がしっかり担保すべきです。そうでないときは、それ以外は個人に着目した税制であり、社会保障制度である。そういうことを一人ひとりにもっときめこまかく、もっと少子化するのですから、もっとよく見るのですよ。全員がいやでも優秀な北大に入れるようになってしまうのですよ。ですから、個人に着目した社会を目指して日本人がどのような受益と負担の意識をもって税金を納め、幸せな人生をまっとうするか。それについてのあらゆる分野での玉を投げていく。これが政治だと思っています。

 本日は山口二郎先生のご縁でこちらに伺わせて頂きましてほんとうに光栄に思っています。学生の時に北大にふらふらと入ってきまして、ポプラ並木を見たり、友達と一緒に周遊券で安旅行して参りまして、クラーク先生の像も見ましたけれども、先ほどは暗いクラーイからクラークだと言っておりましたけれども、そうではなく朝早くにこの辺を走りまわってきてみたのですけども、こうしてみなさまに壇の上から僭越ながら話をさせて頂いて有難いと思っています。後ほど議員立法の話もさせて頂こうと思っておりますが、山口先生との出会いも議員立法です。私は国会議員としてやることは、立法府の人間ですから法律をつくること、有権者や生活者の声に少しでも政治を近づけること、そして田中真紀子に自民党に投票してほんとうに良かったと思って頂けること、これを実現することが私の政治家としての夢なんです。いまおかしいと思われても、反対があってもみんなにいい顔なんかできないのですから。無理なんですよ。しかし、自分が思った責任、判断で国を牽引するということ、そして間違ってなかった、良かったねと思って頂けたら本望なのです。私が政治家になった夢はそこにあります。この議員立法、今まで3本つくりました。うちの父は量をいっぱいやった人なのです。せっかちですから。私は早いです。トータルの量は父が何10本もつくっていますが、7年間で3本、いま4本目を手がけています。これは官と政の関係についてつくっておりますが、これは蛸壺に入ってしまって選挙などもありまして、なかなかいい知恵が出ない。そこで、「そうだ、北海道にとても頭の良さそうな先生がいる」と中谷先生が仰って、「誰?」と言ったら、「北海道大学の山口二郎先生、あの人素晴らしいよ」と。「そう、テレビでよく見たけど、なんだか眠そうな目をしていて頭もグチャグチャだし」「テレビで見てみな、今度ニュースステーションとかよく出るよ」と。「北海道から何しにくるのよ、国立の先生が。お金がないはずなのにね」とブチブチ言いながら見ましたらね、目は相変わらずトローンとしていましたけれども、ところがクリアカットですね。明晰、頭いいと思いましたよ。きわめて分かりやすいですね。この先生に選挙前、今年の春に着て頂きまして、交通費は私どもが負担致しましたよ。お土産も付けましたね。中谷先生は高知のらっきょうだか何かで私は越後のお酒をおあげいたしました。とにかく着て頂きまして、そしてこの法律がどういうふうにやればいいのかということを私ども議員にご指導頂きました。そのご縁で今日伺えたことたいへん光栄に思っております。この後3人ですきっ腹を抱えながらお話をさせて頂けるそうでございますのでお待ち頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 

第2部 シンポジウム

パネリスト      田中真紀子 氏

           中谷 元 氏

コーディネーター   山口 二郎

◆山口 それでは第2部のパネルディスカッションに入りたいと思います。前半、面白い話をたくさん聞かせて頂きまして、それに対する質問といいますか、今回は時間の関係でフロアの方からはご質問を取るということはいたしませんが、皆さんの代わりに私がいろいろと聞きたいことを伺ってですね、今後の自民党の変革といいましょうか、改革の可能性について考えるということで進めてまいりたいと思います。まず、いまの中谷、田中両議員が参加しておられます「自民党の明日を創る会」というのがありまして、これが党内の若手の改革派ということで注目を浴びているのですが、この人たちは要するにいまの自民党の何がいちばん問題で、自民党をどういうふうに変えたいのかということを端的に少し伺ってみようと思います。今から6、7年前はじつは政治改革というある種の流行がありまして、その時には中谷さんたちより少し上の世代の議員さんが改革派ということで脚光を浴びたのですが、その後終わって見ればなんかいま、何をやっているか分からないと、普通の代議士に戻ってしまったのかなという感じがありまして、そういう人たちとどこが違うのかとちょっと伺ってみたいと思います。まず、中谷さんから、いまの自民党、端的に言って、どこが問題なのか。

中谷 私は議員生活10年になりまして、自民党が単独政権の時代、そして野党の時代、「自社さ」のとき、そしていまの「自公保」を経験しておりますけれど、やはり単独政権の時代は政治の疲労でひじょうに政官財癒着型でよくなかったと思います。野党の時代はひじょうに危機感に苛まれて自民党が野党というほど迫力のあるものはなくて9ヶ月ぐらいで交代しました。私は本当の意味で野党を経験して良かったと思っていますね。やはり、人の痛みや足らざるところを知ったと。その後、自社さ政権になりましたけれども、これもひじょうに良かったと思っています。自民党がアクセル役で社会党がブレーキでさきがけがクラッチで、よくバタフライ政権と言われましたが、右のウイングと左のウイングと胴体がありました。このときに私は議論をよくしました。そのプロセスもよく公開されて、ひじょうに戦後の50年目の政権として村山政権はひじょうに良かったと思います。自公保になってこの議論がぴたっと止まったと思います。党内でも議論が少なくなって、自民党と公明党が合意をすればそれが政治の決定だとなってしまって、野党といっても民主党がおりますけれども、民主党も参加できていない。また自民党の政治に参加したい人たちも、党内で議論しても何か空しさを感じるわけです。そういう意味では、現状においては党内で意見が言いにくい、また欲求が発散できない。そういうイライラ感を感じています。

 

◆山口 それでは、田中さんに同じことを伺いますけれども、野中幹事長とか亀井政調会長など、いわゆる党の幹部に向かってひじょうにびしびしと鋭い舌鋒で批判をされるわけですけれども、最近の週刊誌などを見ますと評論家としてはいいんだけれど、では政治家としては何を代わりにやるのかというのが見えてこないという批判も出ているわけなのですけれども、自民党のどこをどういうふうに変えていくのかということを、さっきのお話の続きで結構なのですが少しお願いしたいと思います。

 

田中 舌鋒鋭い山口先生からそういうふうに仰られると私としてはますますと引っ込み思案になるところですけれども、感じているところを申し上げさせて頂ければ、自民党というか連立だからやむを得ないのかと初めは思っておりましたけれども、意思決定のプロセスが極めて不透明である。それから政策の提案の仕方がひじょうに唐突である。十二分に私たち国会議員が納得のいくような議論がされていない。それが上からトップダウンで降りてくる。私たちは10数万人の方たちから議員内閣制ですから投票して頂いているのです。厳しい選挙で、ほんとうに一生懸命私ども以上に投票する方たちもたいした候補もない中で選んでくれているわけですよ。その方たちが全員国会に行ければいいのですが行けないわけですよ。そこで私たちがみなさまから附託されているのは何かというものをしっかり我々国会議員は認識しなければいけない。国会は永田町の中だけではないのです。政党だけとかましてや派閥、私は派閥に入っておりません。そういう次元で内向きな議論をするということは、先ほど来言ったように価値観が多様化して先行きがないような、羅針盤がないような船に乗っている国民のみなさまに対して申し訳ないし、自分が納得のいかないものが、どうして有権者の方に説明ができるのですか。ですからして頂きたい。それが私のいちばんの不満でございまして、けっして評論家的でも何でもありません。これで、こうしたほうがいいなと言えるなら天下取ってしまいますから。

 

山口 それでは少し政策的なテーマというところに話を進めてみたいと思います。お二人から21世紀を迎えていろいろな難問があって、政治は先送りしているというようなご指摘があったわけですけれども具体的にいまの若手で党内で改革をしていこうという人たちの中で、政策的な方向性みたいなものを議論して共有していこうというようなことがあるのでしょうか。例えば、先ほど出てきた財政再建の話ですとか経済構造の話とかいろいろあると思うのですが、その辺如何でしょうか。

 

中谷 心配している人は多いと思うのですが、なにぶん先ほど話したように予算にしても政策にしても上のほうで決まってしまって意見を言う機会が少ないですね。昔は各部会で充分時間をかけて、それこそ大議論ができたのですけれども、いまひじょうに静かです。私たち若手がもっともっとがんばって勇気を持ってやっていかないかなければいけないと痛感しておりますが、先ほどお話したように、ミッドウェーを過ぎガダルカナルを過ぎ、ここで方向転換しないと沈没してしまうという時期に来ておりますので、この点においてももっともっと同志を募ってがんばらなければいけないという気持ちでいっぱいです。

 

田中 私たちのグループは数10人ですけれども、その中のコンセンサスになりますのは、とにかく今の内閣、その前の内閣がやっておられたように景気回復だけをやればいいと言って、どんどん国債を出して我々未来の、さきほど中谷先生が子や孫のキュッシュカードをむだんで使うと仰られていましたけど、まさしくそういうことをやって次の世代に先送りをするということではなくて、それと共に財政構造改革もやらなければいけない。そういう痛みを持ちながらやろうではないかというのが私たちの基本的な認識です。まず、経済問題があります。これは私が考えたことですけれども、国の地方と中央において450万人をこえる国家公務員がいるのです。国会議員もそうです。我々を含めてリストラをする。無駄をやめること。道庁もみなさまの町も役場も優秀な人がいますか、9時から5時まで自由に働いてくれていて税金が使われていて納得いくような人ばかりいるでしょうか。ましてや今後、ITだそうですからどんどん中抜きが起こって産業もそうですけれども、人もよほどのスペシャリストでないと残らない時代が来ているのですよ。いま現在がそうですから。仕事に見通しも立たずに、ただ国家公務員だとバッジ付けているんだったら、まずその数を削減する。国会議員は衆参で700人もいるのです。私は衆議員では300人、参議院は200人でいいと思っています。ちょうど引き算をしますとちょうど参議院の分だけいなくなるのです。1院制で結構、参議院やめろというから参議院議員が怒るわけでございまして、まだ愛する夫も参議院で言われておりますので参議院で闘っておりますけれども、従って私はそれぐらいの数をばっと減らすと。250人トータルで減るのですね。それぐらいのことをする。それから国税と地方税の組替えをやる。これは地方分権の問題もありますけれど、こういうことを確実にやることなんですよ。いま行財政改革といいながら橋本内閣の頃から省庁再編でありますとか選挙制度を変えるとかいろんなことをやっていますが、どうも違う方から時間かけて押してきているなと思いますね。心臓部分からできることからやるべきです。問題はそれを分析できていない議員がいるということと、もう1つはそれをやれるだけの人たちがその地位にいないということです。ですから舌鋒鋭いと仰っていましたが私は誰に対しても言っているのではありません。総理大臣とか官房長官とか大臣など権限のある人たちは義務もあるわけですから私どもぺいぺい議員には何も権限がないんですよ。そういう権限のある人に対しては直言をさせていただいています。当然の義務だと思います。

 

山口 そういう難しい問題を考えていくときに、政治家の役割、あるいは国民有権者との関係が大きく変わっていく時代だろうと思います。先ほど中谷さんはご講演のなかで要求過剰の民主主義という問題を指摘されまして、要するにどうやってをこれからみんなで我慢をしたり負担をしたりして国全体の共通の課題を解いていくかという難しい時代に入っていくのだと。環境問題も財政も社会保障も全部そういう側面がある。確かに私もそう思います。他方、例えば自民党だけでなくもちろん野党も含めてですけれど、後援会をがっしりつくっていろんな団体からたくさん陳情を聞いて、地域に対して道路や橋など北海道の場合で言えばは新幹線とかホジョウ整備とかいろんなタイプの約束をして農水省や建設省からとってきてという代議士が、とくに自民党にはたくさんいて、この北海道にもそういう方がずいぶん勢力を張っているという現実があるわけですね。そういうふうに考えていくと仰った理念を実現していくことを進めていくと、自民党にとって相当強い跳ね返りといいましょうか、自民党が自民党でなくなるのではないかというところまで来ているのではないかというふうに思うのですけれど、中谷さんご自身で、もちろん選挙区で動くときにはいろんな人の願いを聞いてお世話もしなければいけないし、地域のためにお金を使うということは当然どこの国の政治にもあるわけですけれども、さきほど仰ったことを具体的に進めていくなかで、そこのジレンマ、矛盾というのをどうやってこれから解決されていこうというのか、もう少し補足して頂きたいのですが。

 

中谷 時代がほんとうに変わったと思います。ここに来て思いついたのですけれど、自民党とかけて北大のポプラの木と説く。その心は古くなって倒れそうで倒れてないと。まだ生き残っているんですね。何故かというと、選挙で当選ができているということなのですが、やはり民意と共に進む政治ということで、今までは要求があったら応えることができました。つい10年前も「ふるさと創生一億円」ということで各自治体にばら撒いておりましたけれども、それは今では遠い夢でしてね。むしろ、太平洋戦争の時もそうなんですけれど政治家がいかに国民の暴走、要求を押さえることができるかということが問われるわけであって、昭和のときも不況で大変でしたけれども国民の声に押されて戦争に突入しました。東条英樹さん、天皇陛下があのときどう判断したかということは歴史の検証によるわけですけれども、そういう風潮があって一億国民一丸となってというムードが日本を破綻に導いたのではないかと思います。それと似た現象が国民の物質的な欲望に歯止めをかけることができるかという大きな日本全体の課題でありまして、これからまさに政治家に求められることは説明責任ということで、今までは誤魔化したり、足して2で割ったりして通用してきましたけれども、今からはそういう説明をして国民のみなさんにタックスペイヤーとしてその負担と給付の関係を考えてもらうことができる政治家がいい政治家であって、ここまでの状況を自民党はつくってきたわけですから、その罪滅ぼしとして自民党が責任をもってそういう政治の方向に転換するということが必要でございます。この古いポプラの木を植え替えてですね、新しい木をもった自由民主党、いま、自民党の新陳代謝というものがたいへん大きな党内問題となっております。自民党では、立派な新人がいても現職の人がいるかぎり公認してもらえないのです。また、無所属で通った人も自民党に入ることを阻止されております。昔の自民党なら、中選挙区では実力本位ですから通ってきた人が民意を受けた立派な政治家だということでどんどん新陳代謝が進みましたし、日本の総理大臣も変わって新陳代謝もできておりましたけれども、いまはそういうこともできていないということで、たいへん危ないなという気がしております。

 

山口 私も戦後の日本の政治を振り返っておりまして、田中真紀子さんのお父上の田中角栄さんが総理大臣になられたのはたいへん幸運な時代だったと思うのですね。あの時代の高度成長、経済がどんどん発展して富がどんどん増えていく。その時代に田中角栄という政治家はほんとうに働き場所を得て国土をどんどんつくりかえていって都市と農村の格差をなくすというのか、あるいは何処にいても一定の豊かな生活ができるという基盤をつくっていくという方向を目指していて、それはたぶん越後から東京に出て行って政治を志した田中さんの思いは、もうすでに相当実現されていると思うわけですね。いまの時代はまったくガラリと様相が変わっていて、かつてのような成長とか発展という夢を追えないというたいへん厳しい環境の中で、お二人の方も先ほどから指摘されているような、どっちかというと国民と共に苦しみを分かち合うみたいなタイプの話題が多いわけですけれど、その点で田中さんは、今後の政治家と国民との関係についてどういうふうにお考えでしょうか。

 

田中 私たちが政治家で永田町で感じている以上に、生活者のみなさまが全国で鬱屈した思いといいますか、政治に対する失望感を持っていらっしゃるということを切実に感じています。先ほど先生がお尋ねですけれど、自民党のどこがということですけれど、私はダイナニズム、活力だと思います。常に時代の転換点に立ったときに自民党の議員は何処かで誰かが必ず方向転換させる時代の風を受けて大きく舵をきるような動きを起こす人たちがいたんです。いまの野党にももちろん人材はいると思います。ですけれども、一定の宗教団体の母体のもとで動くとか、一定のイデオロギーのもとで動くとか、あるいは民主党さんのように人材はいますけれども極端な右と極端な左なんですね、ごった煮のような状態で一緒にいて、世代もですよ、ほんとうに何処にコンセンサスや合意があるのかと思うような、木と竹を接ぐと言ったら申し訳ないですが、そういうような政党に比べて自民党のボロ、悪さいっぱい引きずってますよ。ですけれどもどっかで活力が生まれるのです。それは今、私たちであると思っています。ですからそのことによって、あなたたちは天下を取らなくていいのか、こうなのか、ああなのか、単なるガス抜き、ガス抜きであっても私たちが自民党員として必死でこの日本のみなさまの声を吸いあげて時代の風を受けてハンドルをきろうとしているのですから、それは与党に中にあって、責任政党の中にあって生まれてきているのです。このダイナニズムが自民党の中から消えていないということは、私は誇りに思っていますし、そのことをいま幹部にいる方々にはもっと分かって頂きたい。こう思います。何かよく言われるのですね。先生、父のことを言ってくださいましたけれども、よく党の幹部や派閥の親父さんたちが、私が口達者で言いますとね、「田中角栄が生きていれば」とか、「あんたがたみたいな若手のわけのわからないやつがこんなことしないでいれば自民党はよくなる」と「いれば、いれば」というから、私は「いれば」をやるのは歯医者でいい、政治家は余計なことを言うなと。すみません。

 

山口 それで政策的な話の中身と並んで、いまいろいろと21世紀の日本という国の形について議論をする。具体的に言えば憲法の問題とか教育の問題とか盛んに議論が行なわれているところなんですが、いまの自民党の若手のみなさんがたが憲法を中心としたような基本的な争点といいますか、課題についてどういうような考えを持っているのか共通したゴールというものがあるのか、あるいはその辺で個人個人感覚が違うのか、先ほど中谷さんはとくに平和の問題などについて戦後の日本の今までのあり方について根本的に再検討しようという問題提起をなされましたが、そういった国の基本に関わる問題についてですね、どういうような議論があるのかということを少し教えて頂きたいと思いますが。如何でしょうか。

 

中谷 共通した認識といたしましてはひじょうに曖昧な文章や表現のなかにたって法律が組みたてられている。とくに曖昧というのは国のいちばん大事な根幹部分のことがあやふやに書かれているということでありまして、その中でいちばん顕著なのが安全保障という意味でございます。ひとことで言いますと、この安全保障につきましては温泉旅館の建て増しという感じで、昭和20年代の政治状況としては憲法で良かったかもしれませんが、それから30年代、40年代に高度成長して日本の国というものがひじょうに大きくなったという現象が起こっています。小さい国ならあれで良かったかもしれませんが、世界の大国として立派に成長した現状において、あの時代の憲法にもうあてはまらないような事態が起こっているということで、温泉旅館の建て増しをやめて、きちっと安心して泊まれる立派な骨組みをつくって、そこで分かりやすくいろんな問題を部屋ごとに整理しましょうというのが共通の認識です。

 

◆山口 田中さんは、その点いかがですか。

 

田中 けっこう定期的にグループで意見の交換をしておりますけれど、基本認識として、まず財政関係で言いますと、経済関係の分野で言いますと財政だけを刺激しても駄目なのであって、やはり金融が再生しなければならない。そのためのどうするかということの認識は共通していると思います。それから社会保障制度につきましても、先ほど言いましたけど、やはり個人に着目をしていくような制度を採らなければなりません。これは容易ではありません。いまも医療年金、高齢者医療ですね、みなさま感心がおありになると思いますけれど。介護保険料にしてもそうですが、かなり根本的に変えていかなければならないという意識を持っています。国防につきましては、いま中谷先生が仰った通りでして、これに関連して憲法問題も私たちグループ全員のコンセンサスではありませんけども、基本的には6、7人で言っているのは、憲法の問題についてアメリカの押付けであるからということだけだはなくて時代に合った法律に変えていこうと。第9条も含めてですね。そういう議論はけっこう活発にいたしております。その他、教育問題とか環境問題などいろいろありますので、私も下の子供がいま大学3年生でございますから、けっこう3人を育て終わっているほうですけれども、他の先生方は子育て真っ最中みたいな方が多いので、女性の役割とか、アトピーがどうだとか、遺伝子組替え食品がどうだとか、男女別姓問題とか、そういうことについては各々考えが違っておりますけれども、環境問題でも私などが考えますのは宇宙のスペースデブリというゴミもあるし、産廃もあるし、生活ゴミもあるしということについて、我々女性の視点ですごく思っているのに、意外に男性の方は、朝役所に行く時にやっているかどうか分かりませんが、玄関のゴミ袋持って「いってきまーす」とその辺に置いてくると、みなさんやっているのではないですか。それで役が終わったと思っているのでしょうけど、女性の視点はなかなか男性議員にはないですね。その辺で生活とか子育ての話になると齟齬があります。そういうふうなことで、申し合わせたわけでないのに共通認識があります。けっして年代ではなくて、先輩でベテランの議員さんのなかでも自民党の中に私たちと同じ考えの方がいらっしゃる、それはとても有難いことだと思っています。自民党だけではなくて、他の党の方たちとも気の会った方たちと勉強会をやっているのですけれど、いろんな方がおられてきわめて似た考え方を持っていてなんで違う政党にいるんだと思うと、「だって自民党が邪魔していたから僕は入れなかった」とか、支援団体がああだの、こうだの、いろんなことを言ってますよ。もっと胸襟を開いて同じ日本人なのですし、せっかく議員になって、いい日本にしたいと思って青雲の志がありますから、ともにみんなが、あまり細かい枠に拘らずに、マスコミがつべこべ言わなければいいのですから、気にしないで討論をする。要するにアカンタベリティーですよね。そしてよく見えるかたちに、情報開示をしながら責任を持って私たちが納税者の皆さんに分かるかたちで政策を投げていくということは共通認識であります。

 

山口 今日はいたって真面目な企画で、政治の理念とか政策を中心にお話を伺ってきたのですが、せっかくこういう格好で、最近の話題の主というか、しょっちゅう週刊誌に登場している方が来ると、ある程度政局の話も触れざるを得ないと、別に新聞社がいるからと気になさるかもしれませんけれど、やはり政党再編みたいな話が週刊誌の見出しに踊っているのですけれど、それについてはどの程度ほんとうなのですか。

 

田中 北大の先生が週刊誌の代表のようなアルバイトをしないでください。ノーコメントでございます。

 

山口 それは、いまは政局がなぎの状態で、選挙を終わったばっかりだし、なかなか森政権も動きそうもないしということで、いろいろと見出しをつくって何か動きをつくろうという政治ジャーナリズムの事情で田中さんをちょっと利用しているという面があるだろうということでホローしておきます。あとは、世代の問題ということを仰って、他の党にも似たような感覚の人がいっぱいいると仰ったわけで、政局の話にもつながるのですが、根本的に日本の政治を再編成していくときに、既成の党派を超えて同じような感覚を持った人が集まっていくという展開を期待する人は当然多いと思うのですけれども、少し、中期的長期的な展望の中ではそういったことはお考えになってないのでしょうか。中谷さんから。

 

中谷 私は考えております。というのは憲法の改正においても国会議員の3分の2の賛成がないと国民投票にかけられないということもありまして、今の構図ではできないわけです。シェークスピアの作品にロミオとジュリエットというのがありまして、あれは家柄に縛られた二人の男女の悲劇なのですけれども、私もロミオとジュリエットの心境に陥ることが多々ありまして、こと安全保障につきましても民主党の前原さんとか自由党の西村さんとか社民党の辻元さんとか、けっこう話をしてかみ合ってワイワイと議論して、ある程度の共通の認識を持つことができるのです。このまえ、久しぶりに安全保障の勉強会をやりませんかということで各党の安全保障のスペシャリストに電話をして会うと段取りした途端にマスコミがそれを嗅ぎつけて、各々の党の幹部に「こんなことをやろうとしている」と言うと新聞社から問合せが殺到して、みんな集まったものの会にならなかったというようなことなのですけれども。ひじょうに与党、野党の枠を越えて話し合いが必要な時代でございます。鳩山さんも自衛隊は憲法を改正して軍隊としてきちっと位置付けなければならない言っていますし、民主党の中で反対と言っているこの札幌出身の方もいますし、ひじょうに政党の中で個人の意見がばらばらになっております。ですから党議拘束に縛られて意に反して投票行動するよりは、大事な問題については党議拘束を外して党派を超えた議論をして、それを実現していくというスタイル、英語で言えばパーシャル連合という言葉もありますけれども、政策ごとに各々の政党が話し合いをしてやっていくという政治スタイルも必要ではないかと思います。

 

山口 いまの話でひじょうに面白かったのは、自由党の西村さんと社民党の辻元さんと話をして共有するということをちょっと仰って、ちょっと私には理解できなかったのですけれども、具体的にどういう方向で日本の安全保障政策をつくっていこうとしているのでしょう。

 

中谷 ひじょうに議論が深くなるのですね。右の端っこと左の端っこが議論すると、各々が抱えている論点は聞くに値する論点で話していますので、国民全体の議論になっている状態だと思います。そういう意味では、彼らも熱を帯びて議論していますけれども、モノの本質がどんどん深くなって、ひじょうに考えることが多いんで、議論しないよりは議論をしていけば歩みよりもできてくるわけであって、けっして全く違うとは思っておりません。というのは、いまから2年前にテポドンのミサイルが飛んできたときに、1日をおかずに国会では共産党も含めて非難決議をしましたけれども、やはり、あれを見ていちばんびっくりしたのはアメリカだったそうなんですけれども、日本人はまとまる時にはまとまるというようなことで、やはり、根底の認識というものはまだあるのではないかと思います。

 

山口 では、田中さん。世代を軸とした再編成を少し長期的な展望の中で

 

田中 結論としては簡単でして、あと2、3回選挙をやれば変わると思うのですよ。どんどこ、どんどこ選挙をやってひとえに有権者のみなさまがたがどれだけしっかり逃げずに投票行動を起こすか。政治参加をすることですよ。もうだめだと逃げちゃ駄目なのですよ。ご自分のことなのですから、政治というのは。それだけだと思いますね。わかりやすい話を1つしたいと思いますが、政治家の秘書さんの事件がありましたね、東京21区のピンハネした、しないと。この話のときに、これはもう議員がみんな悩んでいる問題なのです。みんながピンハネしているのではないのですよ。何故かというと、私たち国会議員は年収一千万以上を税金で頂いています。政策秘書、そして第1、第2秘書の人たちだけでもって,最低1,400万円以上のお金が税金で私たちにきているのですよ。それだけのお金をポスト別に職能給で払うのはおかしいと思っているのですが。国会議員の秘書と事務員さん方がたった12坪しかない、そのなかに現実に4人も5人もいられないんですよ。電話だとか予定っだとかお茶出したりする、ファックス、コピーをとるなかで、秘書さんの人権もあるし、税金の使い道、しかも私たちは公費助成を受けているわけですから、文書通信費というのが、中谷先生、年間いくらでしたっけ。月100万を年2回に分けて頂いていますし、立法調査費というのが670万か700万近くでているんです。立法調査費を私たち国会議員は見たことありません。自民党の議員は。他の党の議員も私も知らないと言っていましたけれども、それは直に党に行ってしまうのですよ。党でいい人もいるけど、なかにもガラクタの職員もいっぱいいるのですよね。選挙民に就職頼まれて、させられなかったから自民党の職員になれといって、ボォーとしている人がいっぱいいるわけですよ。その人たちが我々の議員立法のときに役立つ人が少ないのですよ。優秀な人もいますよ、でも少ないです。それも無駄遣いなのですから。いったい幾らみなさまの税金で私たち国会議員プラス3人の秘書、3人では足りませんよ。地元も必要ですし、スタッフがたくさんいるんですよ。選挙用の仕事をする人と日常の活動をする人と事務員さんと秘書さんと私は違うと思うんですけれども。それをまとめてお金をもらっているのもある、党がもっているのもあるとわけがわからないから、このことをきっかけとして各政党の議員さんとどうあるべきか、まず整理しようと。全部見せて、どうすることが我々にとっていちばん議員活動がしやすいか、納税者のみなさまが納得して「なるほどねぇ」と思って頂けるような政治をつくるからやろう、といってやりました。4つの政党の方が来られたのです。各党一人で偶然。私中心でやりました。結論的には、私たちが得た成案を持って議員運営委員長というのがありまして、そこは衆議院のなかで全部の政党の意見を調整する要です。そこにペーパーを出したのですが、その議論をするときには四党とも同じことを言ったのです。すなわち、アメリカのように一括でもらう、そしてそれをどのように使うか、とにかくトランスペアリンスというのでしょうか、透明度を高めて誰に幾ら払ったか、全部税金でチェックできるようにする。インターネットで必要であればアメリカの大統領選挙のお金などのように検索すればどういうふうに使ったか全部分かるという形にしてピンハネなんかできないように、面白いのは中小企業みたいなものですから国会議員の事務所というのは、そこでもって能力でパートで働く人もいるでしょうし、スペシャリストもいるでしょうし、国会議員がスタッフのみなさんと相談をしながら地元の人だから安っぽいということはないんです。24時間、冠婚葬祭があるのですから。日曜日に葬式がないとはかぎらないではないですか。そういうときに代理出席してくれている人、24時間電話を回してくれている人もいますよ、選挙になれば。そういう人に対して幾ら対価を払うかということは各々の議員の事情によって違うのですよ。そういうことを私たちが頂いた税金のなかで歳費・月給は全部税金ですから、それをお見せするのはあたりまえなのです。それをやろうと全党で言ったのに、翌日、そのペーパーをつくったある婦人議員がかけてきて、「私、こういうことで参加します、個人の資格でと上の人に言ったら、ふざけるんじゃない、うちの党、そんなこと言ってもらったらいろんなところから突っつかれちゃってみんなが困るのだから、これは民主党の問題なのだからほっとけと言われたので、私は下がる」と。へぇ、なんだ腰抜けと思って、だから女はだめなのだと思って。今度は男が「これは困る」と言ってきましたね。やはり自分で考えたけど、自分がこの関係者で次の週刊誌にでかでかと載るかもしれないので、秘書からもいろんなことを言われてさされたら困る。すぐ足元で内部告発が多いのですね。したがって、これはご遠慮、みんながんばってやってくれということです。共産党はご存知と思いますが、議員のお金も党が全部吸収なさるのですね。そして議員がくれる。公明党さんの職員さんも現職の方から何人か聞きましたけれど、候補になると秘書さんはちゃんと学会からかどうかしりませんけれども、然るべき所からあてがわれて、自分身体一つで行けば運転手さんから秘書さんからスタッフまで全部ばっと揃うと言ってましたよ。したがってそういう人たちの歳費は、お給料はどっかがまとめて一括して管理しているのでしょうね。だから、そういうところは参加しなくて、先生のところはどうですかと言うと、いやうちの党は事情がありまして失礼しますと言うのです。そして自民党の中でも、いいじゃないか女房や子供を使ってたってわかりゃしないんだし、子供がちゃんと試験受けて、政策秘書というのは国家試験受けるのですね。ところが女房にそれを受けても受からないからうちの息子が東大か北大か、とにかく優秀だから受けさせておいて、まだ22、3歳だけれども、これを持たせておいて俺がピンハネするのよ。あたりまえだよ。そうしないとやっていけないよ。現実に機能しないのだと。そんなこといちいち言わないで頂戴、黙っていなさいというのもあって、政党の中でも各々事情が違うのですが、3党、4党、結果的に一緒になって署名して10何人ですか。あんまり大勢で。マスコミがうるさいですから。この方たちが黙っていればいいものを国益損なうのはマスコミですから、人が言っている目の前でごちゃごちゃ言うからすぐ潰されてしまうのですから、ちゃんと議運の委員長のところに持っていきました。先ほど中谷先生がパーシャル連合と仰いましたけども、やることはできるのですよ。選挙をやっているうちにみなさまの目がしっかりしていれば変なのはいなくなりますよ。そうしたら政党などは再編されます。私は期待しています。

 

山口 予定した時間も迫ってまいりまして、最後に結びとして21世紀の日本の姿、どういうユートピアとどういうビジョンを考えてらっしゃるのかお二人から簡単にお話頂いて全体の結びに致したいと思います。それでは中谷さんからお願いします。

 

中谷 先ほどお話しましたけれども、いちばんの問題点は、日本は頭脳を生かしてないと。国家戦略がないという話をしましたけれども。戦後は行政官の頼って行政任せの政治でありました。しかし、それじゃ通用できない状況で、まさしく政治がアイデアを考えてですね、その方針を示さなければなりませんけれども、かんじんの頭脳をまとめるシンクタンクのようなものがないのですね。アメリカはひじょうに世界的に有名なシンクタンクがあって、常にアメリカの国益を考えて、国の行政や学者、政治家の優秀な人を束ねてどんどん提言をしております。日本は確かにシンクタンクもどきのものはあります。三菱総研とか大和研究所など、しかし、すべて企業がどうしたら金が儲かるかというような観点で設立されておりまして企業の紐付きなんですけれど、そういう観点ではなくて日本が将来この方向でいくという国益を主体としたシンクタンクを持って、それに基づいて国民と力を合わせてやっていくようなスタイルがまず必要でございます。そういう意味では、先ほど人件費等の話がでましたけれども党ごとにシンクタンクが必要ですし、国家にもシンクタンクが必要です。山口先生などもその有為な人材の一人でありますけれども、残念ながら国家公務員の倫理法に縛られてですね、大胆な活動もできませんけれども、それは国家にとってひじょうに損失であって、そういう有為な人材が集まれるシンクタンクをつくる。そしてそのシンクタンクが行政に入りこみ、また政治家と常に行動を共にしてできるようにしなければならないと思います。どんな国にするかは、先ほどお話いたしました自由、民主、平等、平和、この座標軸を常に点検をしてより良い国を目指すということでございます。

 

山口 それでは、田中さん、最後にひとことお願いします。

 

田中 命と人の尊厳を大切にする人たちがですね、人は自分と違うということを、だからこそ素晴らしいということに気付いてですね、共存、共栄できるような社会づくり、そのための構造変革といいますか、そういうものを私たちは手がけていきたいと思っております。

 

山口 はい、ありがとうございます。たいへん短い時間でいろいろ言い尽くせないこともあったと思いますが、ともかくこういう機会に生の声を聞くことができて、たいへん今日は有意義だったと思います。口頭申し上げましたように、私もどっちかというと政治に対しては舌鋒鋭く文句を言うことが多いのですけれども、やはりたまにはちゃんと考えている人もいるのだということをみなさんに再認識して頂いて、先ほど田中さんの言葉にあったように、有権者としてちゃんと行動することで政治を動かしていくことのきっかけになれば、今日の催しもたいへん意味があるんだろうというふうに思います。最後に、遠路おいで頂いて貴重なお話をして頂いたお二人の方に大きな拍手を持って終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。

報告

10月13日、クラーク会館大講堂で連続シンポジウム「どこへ行く日本の民主主義part2」として、中谷元、田中真紀子両代議士をゲストに招いて、「自民党に明日はあるか」を開催した。次期首相候補として国民的な人気も高い田中代議士が来学するとあって、当日は道内各地から700人ほどの聴衆が集まり、会場は立錐の余地もないほど盛況であった。両氏は基調講演の中で、現在の連立政権の中で自民党内における政策論議が沈滞し、重要な政策が十分な議論もなしに決められる状態にあることを指摘した。そして、6月の総選挙で示された民意を謙虚に受け止めたうえで、若手議員が中心になって党内の改革を進める決意を示した。

後半のパネルディスカッションでは、山口センター長が司会を務め、自民党改革派の政策理念や21世紀日本のビジョンについて質問をしながら、改革の課題と進め方について議論を行った。両氏は今までの利益誘導型政治からの決別、情報公開を進めた上で受益だけではなく、負担も含めた観点から国民と政策論議を進める意欲を示した。与党の中堅、若手政治家の生の声を聞き、政治の現状についての理解を深めるという点で、いろいろな面で収穫の多いシンポジウムだったと思う。

 

感想

素晴らしいシンポジウムであり感動しました。オンブにダッコ、責任転嫁の強い現在社会。特にこのことが強いといわれる北海道、21世紀に向けて脱却しなければと思います。今日のメンバーをまたよんで下さい。そして時間をもっととって欲しいです。(東区)

現在“政治”というと無力感・方向性がない・虚しいという言葉しか浮ばない。そんな中にあって、渦というかパワーを感じさせるのは田中さんの周りだけ。なるほど、カリスマ性を有していると実感した。最大公約数は分かり易い説明で細かい点で違いはあっても、人格的に信頼でき自己を託すことのできる政治家がもっと多くあって欲しいと思う。

田中議員の歯切れの良い話、迫力満点であり有意義だった。(白石区)

大変よかった。もっと回数を増やして欲しい。各党の議員も揃ってやった方がいいと思う。(西区)

大変楽しいひとときでした。希望を持てる日本の政治が実現可能かもしれないと、期待します。(党派をこえて)(白石区)

国会議員になる為には選挙で当選しなければならない。当選する為の事を考える。その為に党・派閥に所属する。そういうだらしのない議員が多すぎる。己の力で当選できる力のある議員が多くなれば、すべては解決する。

普段、機会がなかったので、楽しく聞かせていただきました。是非また、参加したいと思います。(北区)

講演は焦点がややボケていたが、講師の個性を感じ取れて興味あるものだった。討論は21世紀の課題を明解に捉えたものだが、次の方向付けが少し弱い。(北区)

かたや、物怖じしない柔らかさ、もう一方は選挙民の意義を問うということで、肩の凝らないシンポジウムであった。できれば次回も参加したい。(清田区)

参加者多数が予測される時は、もっと大規模な会場でやってほしい。出入り口にカンパ箱を置いて、市民会館や厚生年金会館などを借りてはどうでしょう。中谷氏は問題点をもっと突っ込んだ話をして欲しかった。田中氏はもう一度来て欲しい。(南区)

自民党を誤解していた。遠いどこかの日本の政治が、近くに感じられた。

考えねばならんこといっぱいあるんだ。でも、やろうと思えば何とかやれそうな希望が見えた。沈没なんてしないぞ。田中さんの話術巧みさに感服。見習いたい。(大学生)

田中・中谷議員の生の声を聞けてよかった。

今、問題になっている参議院制度の変更についての両者の考えを聞きたかった。(清田区)

超党派連合が可能であるという認識が聞けただけでも十分であった。

現在の不安定な政治を鋭く斬る田中真紀子さんのお話を伺う機会を作っていただきまして、ありがとうございました。(手稲区)

とても素晴らしいと思いました。異なる人の考え方は大事だと思う。(河東郡上士幌町)

盛況には驚きました。環境についてやはり不安・不満があるのではないでしょうか。北海道でもこのような政治家が現れることを期待しています。(豊平区)

両氏とも熱弁で、その意気込みを感じた。ちょこちょこやってほしい。場所など、もう少し広いところを確保できないものか。(東区)