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附属高等法政教育研究センター

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 刊行物・活動報告詳細

J-mail No.16 2004 Autumn

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Autumn,2004
●J-Review:伊藤光利
●Research Update:山口二郎/道幸哲也
●Juris Report
●Art&Culture:会澤恒/青木博通
●From Abroad:藤谷武史
●Information

 

J-Review

いまを、斬る●
ホイッスル・ブローワー

TEXT:伊藤 光利●神戸大学大学院法学研究科教授
     ITOH MITSUTOSHI

1

 行政や企業の組織的不正が明るみにでない日はない。薬害エイズ、外務省や各県警の裏金づくり、公共事業の談合、原発のトラブル隠し、自動車の欠陥情報隠し、そして大学人の科研費の不正使用まである。食品にいたっては、牛肉の偽装・不正表示、法廷外添加物使用、高級米への低価格米の混入など枚挙にいとまがない。官民を問わず社会に不正・「ズル」がまん延している。政治は不正・「ズル」の本家であり、堅気(かたぎ)とは別の世界だと了解されているから、とくに驚きもしない。
 恐いのは、そして切ないことは、堅気で実直な普通のひとが、この不正・「ズル」と背中合わせで仕事をし、あるいは仕事にそれが「折り込み済み」であることだ。突然不祥事が発覚すると、実直な普通のひとは処分あるいは訴追され、組織からは個人的所業として切り捨てられる。その「不正」は組織ぐるみの慣行ではなかったのか、その慣行に順応できないものは無能呼ばわりされるのではないのか。
 こうした慣行を受け入れなければ日々の糧を得にくい社会は生きるのがむずかしい。胸を張って子供に「立派な人になれ」とは言わないまでも、「人に迷惑をかけるな」「悪いことはしてはいけない」とは言えないではないか。もとより筆者は道学者ではないし、自らもこの慣行に無縁だというつもりもない。また、日本だけが崩れていて他の国が立派だという気もない。日本人が賞賛する外国も、立入ってみると往々にして五十歩百歩という場合が多い。
 今年成立した「公益通報者保護法」の趣旨は、きわめて不十分ながら(骨抜きにされ、むしろ通報をむずかしくした、と言う人さえいる)、組織的不正を防止することだという。Whistle blower(ホイッスル・ブローワー:警鐘をならす人)(「内部告発者」ではまるで同僚を裏切る悪者みたいだ)を保護し、不利益を受けないようにするというわけだ。情報隠匿がむしろ組織の存続を危機に陥れる例は少なくない。そこで、ポーズにすぎないとしても、コンプライアンス・ホットライン(法令遵守通報制度)を設ける企業や自治体も増えてきた。モラル低下を嘆くだけでなく、「ズル」をすれば損をするというようにインセンティブ構造を変える制度設計は努力するに値するかもしれない。普通のひとが実直で平凡な生活を生きることができるように。

 

Research Update

最近の研究から

山口二郎●行政学 教授

2

 今年の前期は、グローバル化の中での現代日本政治の構造変容を分析する作業に従事した。成果の1つは、岩波新書として刊行された『戦後政治の崩壊』で、内政における構造改革、外交における憲法問題の変容を軸に戦後日本政治の変化を分析した。当人としては、久しぶりに気合いの入った本が書けたと思っている。もう1つは、10月の日本政治学会(共通論題Ⅰ「日本の左翼」)で報告する「戦後日本政治における左翼の役割と限界」という論文である。90年代の西欧と日本における政党政治の展開を、特に左派政党の自己変革という切り口で比較するものである。過去10年間の個人的な活動、経験に対する総括の意味も兼ね、面白がりながら執筆した。また、先日亡くなった石川真澄氏の名著『戦後政治史』(岩波新書)の改訂版を出す作業を行ったことも、忘れられない思い出となった。石川さんがこの本の刊行を見ることなくゆかれたのは残念であるが、時節柄、戦後民主主義への熱い思いを伝えることができたのは大きな誇りである。

 

職場で物言えば

道幸哲也●労働法 教授

3

 不況の長期化にともない、労働条件の引き下げや雇用の終了を中心とする多様な労働問題が発生し、労働相談体制の拡充、労働局や地労委における個別あっせん制度の整備、さらに労働審判制度の新設によって対応が図られている。とはいえ、労働者の権利主張が適切になされているかは大いに疑問である。イラクにおける日本人拉致問題で示された被害家族へのバッシングのように、弱者の権利主張を許さない文化が職場においても根強くみられるからである。実体的な権利を保障し、それに見合った手続きや機構を整備しただけでは必ずしも十分ではない。権利主張がなされるためには、個々の労働者が自分たちの権利内容を適切に理解し、知ることが不可欠であるという問題関心から、労働関係において実際の権利主張を支える法的基盤はなにかを多面的に研究している。中間報告ともいうべき論文「権利主張の基盤整備法理 -労働法学のもう一つの視点-」は季刊労働法206号に掲載の予定である。

 

Juris Report

講演会
「最高裁判事としての実務経験と法科大学院教育-法律学習へのアドヴァイス」

2004年6月4日 北海道大学学術交流会館講堂

パネリスト: 奥田昌道(同志社大学法科大学院教授、元最高裁判事、京都大学名誉教授)

 2004年6月4日、奥田昌道教授をお招きし、「最高裁判事としての実務経験と法科大学院教育」と題して、法科大学院教育及び法律学習のあり方に関する講演会を開催した。冒頭、瀬川信久北大法科大学院長から、今年4月の法科大学院開設に示されるように現在日本の法学教育が変革の時期を迎えているという挨拶があった。
 奥田教授は、従来の法学部教育・最高裁での裁判実務・法科大学院教育の全てに携わった経験から、法科大学院においては、生の事実に近い複雑な事実・実践的思考(要件事実論)に直接触れ、それを理論的に受け止め、理論と実務の統合・架橋を図ることが重要であるとの考えを示された。そのうえで、学部ないし法科大学院の未修者においては、実定法の基本構造・諸制度・諸概念を正確に学び、原則的な場面を念頭においた体系的理解が重要であり、法科大学院の既修者においては、具体的事例の法的解決能力を養う観点から、最高裁判例を素材とし、判例の変遷過程をたどり、いかなる必要性と理論的格闘を経て判例(法)が形成されてきたかを考察する学習が最も適切であると説かれた。そして、この観点から判例を理解するため、判例形成の裏事情を示す最高裁調査官解説を参照することが不可欠であることも指摘された。
 最後の質疑においては、法科大学院生のみならず学部生・司法試験受験生・研究者・一般市民から、法律学習の方法から陪審制導入に対する意見まで、多岐にわたる質問が出された。

 

公開シンポジウム
「水俣病に学ぶ」市民自治ー”水俣病の構造”を終わらせるための環境カバナンスを考えるー」

2004年6月5日~6日  北海道大学学術交流会館講堂

パネリスト: 原田正純(熊本大学教授)宮内泰介(北海道大学助教授:環境社会学)
   吉岡 斉(九州大学特認助教授:環境学)
   アン・マクドナルド(宮城大学特認助教授:環境学)

 2004年5月30日から2週間、北大学術交流会館では、水俣フォーラム・北海道環境財団の主催により「水俣・札幌展」が開かれた。水俣病の教訓を風化させないために、全国各地で開かれてきた展示である。道内での開催も、また、大学での開催も初めてであった。
 学術創成研究「グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する研究」(代表者:山口二郎教授)では、水俣病の問題を環境ガバナンスの視点からとらえ、表題のシンポジウムを6月5日、6日に開催した。第1日目は「水俣病と科学のあり方」がテーマ。患者の側に立って水俣病と取り組んできた原田正純氏の「現場からの学問の捉え直し、なぜ水俣学か」という基調講演の後、予防原則に詳しい吉岡斉氏、環境社会学の宮内泰介氏、カナダのミナマタ病を追究しているアン・マクドナルド氏を交えたパネルディスカッションが行われた。第2日目は「水俣病と政治・行政・企業」と題し、チッソ第一組合の委員長として水俣病を告発してきた岡本達明氏の講演のあと、山口二郎、畠山武道、吉田文和の三氏を交え、それぞれ政治学、環境法、環境経済学の立場から水俣病における行政の不作為、「水俣病の構造」について討論を行った。

 

第3回 東アジア近代史青年研究者交流会議

2004年7月30日~8月1日 北大法学研究科W301号室

パネリスト:厳安生、宮武公夫、王昭文、 陳偉智、陳韻如、沈静萍、趙勳達、
      塩出浩之、王珊珊、曾士栄、黄国超、鈴木賢、川島真ほか

 東アジア近代史青年研究者交流会議は、97年にはじまった「日台青年台湾史研究者交流会議」を前身とし、今年で計8回を数える日本と台湾を中心とする東アジアの大学院生・若手研究者の交流会議である。これまで三菱銀行国際財団、サントリー文化財団の支援を得て、台湾史、日本植民地統治史について議論を深め、昨今は朝鮮史、中国史を加え、「植民地近代」「脱植民地化」をはじめとする先端的議論の共有を心がけてきた。
 本年は、高等法政教育研究センターの共催を得て、北海道大学法学研究科で開催し、東アジア「近代」史的歴史空間が凝縮された1903年の大阪内国勧業博覧会で発生した「人類館事件」について取り上げ、また展示される「アイヌ」についてもあわせて討論を行った。他方、本研究科の鈴木賢教授の司会で台湾法史(特に清代における淡新档案)に関するセッションをはじめ、政治史、人類学、文学、社会経済史に至る幅広いセッションが組まれ、新しい観点、史料などが相次いで提起された。このうち、特に植民地民衆など「被支配」側と位置づけられがちな側を、「行為主体たりえるagentと捉えるか、犠牲者victimsと捉えるか」という議論平面をめぐる問題提起は、政治史研究をはじめ幅広い分野において共有できた論点であったと思う。

 

国際シンポジウム
「American Conservatism in Historical and Transnational Perspectives」

2004年8月21日 北大学法学研究科W301号室

パネリスト: 古矢旬、Michael ZUCKERMAN, Alan DAWLEY, Lisa MCGERR, 中岡望、中山俊宏、豊永郁子ほか

 高等法政教育研究センターと共にこのシンポジウムを共催したのは、「アメリカ研究の再編」プロジェクト(略称ReAS)である。このプロジェクトは、人文社会科学振興のための特別プロジェクトの一環として2003年度から開始され、これまでに2度の国際シンポジウムを開催してきた。したがって今回の「アメリカの保守主義」をめぐる国際シンポジウムは、第3回のReAS国際シンポジウムということになる。こうした連続企画により、現代アメリカの理解を深めつつ、同時に従来の日本のアメリカ研究の批判的な再検討を進めている。
 今回のシンポジウムは、現代アメリカ、とりわけ現ブッシュ政権の政治外交方針を強力に規定している新保守主義(「ネオコン」)の特色を、歴史的起源にさかのぼり、かつ国際比較をふまえて明らかにすることが主眼であった。この分野において顕著な業績を有する3人のアメリカ人研究者を招き、その報告を中心に日本、アジアから参加した歴史家、社会科学者が、学際的かつ国際的な多面的視角から活発に論議を展開した。議論の成果は、いずれ議事録のかたちで公表する予定である。
 ReASは、次の計画として2005年3月に「アメリカ帝国」を主題とする国際シンポジウムを開催するための準備に入っている。引き続きセンターの助力を願うしだいである。

4

COE研究会
「Intellectual Property in Biotechnology and Traditional Knowledge」

2004年8月27日~28日 北大スラブ研究センター大会議室

スピーカー: Brad Sherman(ACIPA-Australian Centre for
                  Intellectual Property in Agriculture)

 セミナーは4つのセッションから構成され、26日に第1セッション、27日に第2~第4セッションが行われた。第1セッションでは、自然界にある物質の特許性に関するテーマについて、オーストラリアのヌガリナッツの油に関する特許を事例として説明がなされた。過去において効能が発見されておりかつ使用されている技術に対して特許要件である新規性があるか、また企業にこのような技術について特許を与えてよいか等が問題となった。
 第2セッションのテーマは「IP and Generic Use Restriction Technology(GURTs)」であった。GURTsとは、例えば綿や大豆等の作物を収穫後種ができないように遺伝子を制限する技術である。GURTsを用いた種子を使った作物を育てると、農家は毎年種を購入しなければならなくなる。また、GURTsには特許のような期限がないので、半永久的に農家に種子を購入させることができ、企業にとって利点が大きい。反面、農業に与える影響が問題視されている。このようなGURTsの現状とその将来像について出席者を交えて議論された。
 第3セッションは伝統的知識と知的財産法との関係がテーマとなった。特に文化的なものに素材を合わせた検討がなされた。オーストラリアのアボリジニでは、半永久的な保護、共有物とパブリックドメインとの交錯など、著作権とは全く異なる文化的な知識の保護体系が確立しており、近代的な知的財産法との相克がみられる、との示唆的な説明がなされた。
 最後の第4セッションは、生物資源調査がテーマとなった。CBD(生物多様性条約)の実現にあたり、生物資源に関わる発明をした企業が、新規性の最大のウィークポイントである出願時において、事前のインフォームドコンセントと出所の開示を特許取得の要件とすることで、実効性のある制度設計をなすことができるとの提案がなされ、議論となった。
 本セミナーは、北海道大学の関係者のほか、島並良(神戸大学),諏訪野大(近畿大学),長塚真琴(獨協大学),潮海久雄(香川大学),大友信秀(金沢大学),大澤麻衣子(京都大学),村井麻衣子(筑波大学)の各先生方の参加を得て、活発な討論がなされた。シャーマン先生をはじめご参集いただいた方々に御礼申し上げたい。

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Art&Culture

The United States Trademark Association
「Trademark Management ― Guide for Executive―」
Clark Boardman Company, LTD(1981年)

 最近、商標の普通名称化の防止策について、クライアントから相談を受けた。商標管理を怠ったため、著名商標から普通名称となり、財産的価値がゼロになった例として「アスピリン」、「エスカレーター」がある。
 初めて米国へ出張した際に購入した米国商標協会(現、国際商標協会)編「Trademark Management」(170頁)を思い出し、読んでみると、普通名称化を防止する5原則(商標と普通名称を一緒に使用する等)、Levi’s社の商標適正使用マニュアル、普通名称化防止を狙ったBand-Aid(R)、XEROX(R)の広告例、商標を普通名称として使用した出版会社へのクレームレターのフォームなどが平易な英語で紹介されていた。
 企業内弁護士を中心に執筆された本で、経営者向けに、ネーミング、強い商標と弱い商標の違い、弁護士・弁理士の役割、商標ライセンス、商号、外国制度なども具体例と共にコンパクトにまとめられており、商標管理の基本を英語で身につけることができる。

法学研究科客員教授 青木博通(弁理士)

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『ロード・オブ・ザ・リング』 『同/二つの塔』 『同/王の帰還』
(2001年、02年、03年、米・NZ)

 80年代ファンタジーブームの最中に10代を過ごした私にとって、J.R.R.トールキン『指輪物語』と言えばバイブルである。それだけ思い入れのある作品をハリウッドが映画化するという。私の反応は、率直に言って「ヤメテクレ」だった。それでも信者であれば映画館に足を運ばないわけにはいかない。そして…よくやった!ホビット庄が、野が、森が、山が、空が、イメージを損なうことなく見事に映像化されていた。原作を知らない一般観客向けに全般にやや軽くなっている感はあるが、全体として原作はよく研究され、的確に映画化されている。小説では読み流していた点が、映像化によって確認できることもある。例えばホビットと常人とが話すときの、身長差による視線の位置。小説を読んでいたは違う解釈が提示されてなるほどと思う点もある。例えば「サウロンの目」。小説ではフロドの主観とばかり読んでいたが、映画では物理的装置として描写され違った含意を持つ。映画だけを観てもこの思い入れが伝わるか怪しいのが歯痒いが、それでも観て損はない。惜しむらくは、映画館の大画面でないと映像の迫力を十二分に堪能できないことか。

法学研究科助教授 会沢 恒

 

From Abroad

米国の「法学」研究者養成過程・偶感

藤谷 武史(北大法学研究科助教授)
(米国、ハーバード大学ロースクール滞在中)

 この8月から1年間の研究期間を利用して、ハーバード・ロースクールのSJD(法学博士)プログラムに在籍している。これはその名の通り法学研究者の養成課程ではあるが、我が国のそれとはかなり様子が異なる。特に、(1)在籍する学生は、専門の法分野に加えて、論文テーマに関係する複数の領域<そのうち一つは法学以外の諸科学経済学・社会学・哲学など>でなければならない)を学習することが義務づけられており、かつ(2)米国人学生が殆ど在籍しておらず(今年度は68人中1人)、殆ど全てが外国人(米国外で法学の学位を取得した者)である、という事実が興味深く指摘される。法学研究者養成課程のあり方は、その社会が「法学という営み」をどう捉えているかを反映したものであるはずである。となると、この一見奇妙なSJDプログラムの特徴もまた、アメリカ法学の特色の反映であるはず、と推測される。

 アメリカ法学の特色としてリアリズム法学の影響を挙げることに異論はないであろう。その成果としてリアリズム法学以降の法学者は、実定法(判例法+制定法)の内在的秩序の探求(広義の法解釈学)を行なうにとどまらず、内在的秩序の解釈に複数の解がありうる(価値中立的であり得ない)ことから、自らの立論を正当化する法学外在的な根拠を示さねばならない。そこで、正義論に立ち帰った規範的基礎の探求や、経済学や社会学などを援用して法が人間の行動に与える影響の予測・実証が行なわれ、立法論・解釈論にフィードバックされる、ということになる。近年では法学研究に導入される隣接諸科学の洗練度はかなり高まっており、もはや半可通な「つまみ食い」では一流の「法学」研究としての評価を得られないのが実情である。
 勿論、広義の法解釈学は米国でも等閑視されているわけではないが、例えば判例評釈は必ずしも法学者の中心的な仕事とはみなされていない(一つの理由としては、実務法律家の分厚い層がこうした役割を担っていることが挙げられよう。勿論、法分野によって事情はかなり異なる)。従って、法学者を志す学生は(「法学教師」に徹する覚悟がなければ)実定法制度を分析する理論を磨いて自らを差異化せざるを得ない。SJDプログラムが(1)の要件を課している理由は今や明らかであろう。
 では(2)はどういうことか。種明かしをすれば、これも同じ事情によるものである。今日、法学研究者を志す米国人学生は、ロースクール進学前に、あるいはロースクール在籍中に、隣接諸科学の修士・博士過程で専門的知識を身につけ、それを用いて法学論文をロースクール卒業までに(あるいは卒業後に)書き、それを出版しかつ認められて初めて学界への道が拓ける、という経緯を辿るのが一般的である。つまりは、米国人学生はロースクールの外で法学研究者になるためのトレーニング(の一部)を受けているのである。
 さて、以上のような米国の「法学」研究者養成課程(さらには法学という営みの位置づけ)は、「法科大学院」制度の発足と共に大きな変容を被りつつある我が国の法学研究者養成課程にいかなる示唆を与えるものであろうか。これは実に興味深いテーマであるが、既に与えられた紙幅も大幅に超過しており、読者諸賢に問題を提起するにとどめたい。・・・正直なところ、私自身、租税法に平行して隣接諸科学(「組織の法と経済学」と「多元主義の政治思想」)をフォローするのに手一杯で、上記の「米国における事情」はおよそ「対岸の火事」ではないのです・・・。

8

 

Information

  • 2004年9月19日、20日、第5回東アジア法哲学シンポジウムが開催された。日本を含め東アジア各国からおよそ150名の参加者があり、様々な問題関心を共有して、活発な議論が展開された。
  • 10月25日に、センターシンポジウム「道州制のゆくえ」が、また、10月28日には、センター公開セミナー「青年よ、マスコミをめざそう!」が開催された。(詳細はセンターホームページ参照。)

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● 夏の前後からセンターの活動も本格化してきた。もちろん喜ばしいが、その分あたふたとし始めた。そのおかげか、「センター長」も少しは板についてきたと言うべきか・・・?

G a r s o n● 10月~12月にかけては、センターシンポジウム、講演会等がさらに活発になります。「センターの役割」を常に心に留めて、お手伝いさせて頂こうと思っています。

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第16号
発行日●2004年10月28日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

〒060・0809 ●北海道札幌市北区北9条西7丁目
Phone/Fax●011・706・4005
E-mail●jcenter@juris.hokudai.ac.jp
HP●https://www.juris.hokudai.ac.jp/~academia/

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公開シンポジウムのお問い合わせは Phone●011・706・3119まで

【J-Center】