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附属高等法政教育研究センター

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 刊行物・活動報告詳細

J-mail No.30 2009 Summer

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Summer,2009
●J-Review:重頭ユカリ
●Juris Report
●Research Update:加藤智章/中島岳志
●Art&Culture:笹田栄司/齋藤哲志
●From Abroad:遠藤 乾
●Information

 

J-Review

社会的金融をどう発展させるか  重頭ユカリさんに聞く

01

 昨年7月のセンター・シンポジウム「市民社会と社会的金融 -ヨーロッパと日本のNPO支援システム-」でご講演 いただいた農林中金総合研究所の主任研究員である重頭ユカリさんに社会的金融について改めてお伺いしました。聞き手 は宮本センター長です。
 
宮本: 世界的な金融危機のなかで、もう一つの金融のかたちとして社会的金融が注目されています。

重頭: 社会的金融は、金銭的な利益だけではなくて 社会全体への貢献も併せて考える金融です。金融事業として持続可能であるのと同時に、社会的な持続可能性をも支える金融と言ってもよいでしょう。とくにヨーロッパでは、イタリアの倫理銀行、オランダのトリオドス銀行、フランスのNEF、ドイツのGLS、スウェーデンのエコバンケンなど、各国での展開がみられます。イタリアの倫理銀行の場合は、店舗があり通常の銀行とほぼ同様の業務を行っていますが、預金者は、自分の預けたお金を、①生活の質の向上、②環境保護、③フェアトレードなどの国際的な発展、④社会的排除への対応や雇用促進等の四部門からいずれの分野に貸し付けるかを選択できます。さらには自らが受け取る利子をその分野の活動の発展のために、低く設定できます。各国で、こうした社会的金融の預金残高は伸びていて、成長が続いていると言えます。世界金融危機は、利益一辺倒の投機的な金融の問題点を浮き彫りにしましたが、そのことによって、さらに注目の度合いが高くなっているようです。

宮本: ヨーロッパでは社会的金融とその借り手とはどのような関係なのでしょう。

重頭: イタリアの場合、公益のために活動する社会的協同組合が借り手として重要ですが、社会的協同組合やその他の非営利組織は、公的な補助金を受けることも多く、社会的金融だけに頼っているというわけではありません。補助金が出るまでのつなぎ資金を融資しているケースも多いです。また、社会的金融の場合、貸し手の側と借り手の側が同じ価値観を共有していて相互の信頼も強いために貸し倒れの割合が通常よりも低く、預金者にとってもより安心な金融機関となっています。

宮本: 最近はグラミン銀行のようなマイクロファイナンスも話題ですが、違いは何でしょう。

重頭: 借り手と貸し手が同じ地域の同じ環境にある人々である場合が多いマイクロファイナンスと比べると、ヨーロッパの社会的金融は、お金を預ける人々は階層的に余裕のある層であることが多いようです。借り手サイドは社会への貢献を目的とするが一般の金融機関からは融資を受けにくい人々や組織であることを考えると、社会的金融は再分配的な役割も果たしていると思います。

宮本: 日本で倫理銀行のような機関が発展していくことは可能でしょうか。

重頭: 日本でも、自分たちのお金に意志をもたせたい、どうせなら少しでも社会的に役に立つかたちで活用したいという市民は多く、また借り手となるようなNPOなども活動領域を拡げています。ヨーロッパでも国によって状況は異なるのですが、日本では新規の銀行設立がかなり困難で、現在活動しているNPOバンクも貸金業として登録しています。銀行免許を取得できるかどうかによって、実施できる業務内容も違いますし、預金保護の対象となるかなども違ってきますから、倫理銀行のような銀行が日本で実現していく上では、超えなければならないハードルがあります。また、かつてイギリスで実施された調査では、借り手となるような組織では、事業を発展させるために返済が必要なお金を借りるよりも寄付や補助金を受けるほうを好むという傾向がありましたが、日本でも同じような状況があるのではないでしょうか。フランスの社会的金融機関では、融資とあわせて、ボランティアの人々が借り手となる組織に対して経営アドバイスなどの支援を行っていますが、そういう仕組みづくりを考えることも一つの手だと思います。

*シンポジウム「市民社会と社会的金融 -ヨーロッパと日本のNPO支援システム-」の内容はACADEMIA JURISBOOKLET No.27として発刊されました。詳細は高等研HPのブックレットのページをご覧ください。

 

Juris Report

公開シンポジウム「どうする、地球温暖化 ~排出枠取引先の最前線~」

2009年2月7日(土)

報告/パネルディスカッション:
   大塚 直●早稲田大学大学院教授
   高村ゆかり●龍谷大学教授
   新澤秀則●兵庫県立大学教授
   河村玲央●環境省地球環境局市場メカニズム室室長補佐
   山田健司●日本経団連地球温暖化対策WG座長

コメント/報告:
   吉田文和●北海道大学公共政策大学院教授
   原口 忍●北海道環境生活部環境局次長
   鈴木 亨●NPO法人北海道グリーンファンド理事・事務局長

司会:亘理 格●北海道大学
   堀口健夫●北海道大学
主催:北大グローバルCOEプログラム「多元分散型統御を目指す新世代法政策学」
共催:北大法学研究科高等法政教育研究センター

 本年2月7日(土)、札幌市教育文化会館4階講堂において、「どうする、地球温暖化~排出枠取引の最前線~」と題した公開シンポジウムが開催された。本シンポジウムは、地球温暖化対策として注目を集めている経済的手法、なかでも国内外でその本格的導入をめぐってホットな議論が交わされている排出枠取引を取り上げた。
 本シンポジウムでは、様々な専門からの排出枠取引制度の研究者として、民法・環境法が御専門の大塚直氏(早稲田大学教授)、国際法・国際環境法が御専門の高村ゆかり氏(龍谷大学教授)、環境経済学が御専門の新澤秀則氏(兵庫県立大学教授)の3名に加えて、制度導入をめぐって行政と企業の最前線で活躍する実務家として、河村玲央氏(環境省地球環境局市場メカニズム室室長補佐)及び山田健司氏(新日鐵本社環境部長、日本経団連地球温暖化対策WG 座長)に報告して頂いた。また、本学公共政策大学院の吉田文和教授から貴重なコメントを頂くとともに、原口忍氏(北海道環境生活部環境局次長)及び鈴木亨氏(NPO 法人北海道グリーンファンド理事・事務局長)からは、地域の視点から貴重なコメントを頂戴した(なお、報告者等の肩書は当時のもの)。
 合計100名近くの参加者が見守る中、パネラー相互間では排出枠取引制度導入の是非をめぐって活発な議論が交わされた。この問題は、「持続可能な発展」や「将来世代への責任」という地球規模の理念と排出枠取引の制度設計という具体論とが交錯するテーマであり、また、その解決には、グローバルな視点とナショナルな視点に地域の視点も加えた多様な立場からの主体的取組みが必要とされる。パネラー間での熾烈かつ理路整然とした論戦に加え、聴衆からも数多くの質問・意見が出され、パネラーとの間で活発な質疑応答が繰り広げられた。研究的視点から最前線の実務的課題の解明に挑むという本シンポジウムの目的は、ほぼ達成されたのではないかと思われる。

02

アイヌ・先住民研究センター講演会 ●
「過去の不正義にどう向き合うか -政府による「認知」と「謝罪」をめぐって-」

2009年2月20日(金)

講演:ジェフ・スピナー=ハレヴ●ノース・カロライナ大学政治学部教授
司会・コメント:辻 康夫●北大法学研究科教授、アイヌ・先住民研究センター
主催:北大アイヌ・先住民研究センター 
共催:北大法学研究科高等法政教育研究センター

スピナー=ハレヴ教授(ノースカロライナ大学・政治学部)を講師に招き、マイノリティへの過去の不正義への対処の問題を検討した。今日、世界の至るところで、政府による公的な謝罪がおこなわれているが、教授は、主としてアメリカの事例を念頭に置きつつ、「謝罪」が一過性のものに終わらず、現存する不正義の解決につながるための条件を検討する。ここで重視されるのが、「認知」であり、単に過去の白黒をつけることをこえて、歴史の複雑さを正確に解明すること、現状の改善のために多数派、少数派がかかえる複雑な事情を認識することが重要である。このプロセスは、地道な研究や、正確な知識の普及のための施策を必要とし、これを通じてはじめて、将来にむけての前進が確実になるとされる。当日は、激しい雪にもかかわらず、多数の聴衆が詰めかけ、アイヌ民族をめぐる状況の展開を念頭に、白熱した議論が交わされた。参加者からは多様な意見が出されたが、多くの参加者から、認識を深める有益な機会であったとの評価を得た。

03

 

文部科学省「大学院教育改革支援プログラム」
北大法学研究科「バックグラウンド多様化を活かす大学院教育」訪台セミナー

文部科学省大学院教育改革支援プログラム「バックグラウンド多様化を活かす大学院教育」(平成19~21年度)の事業の一環として、21年3月14日から17日にかけて、国立台湾大学(台北市)、国立政治大学(同)、国立中正大学(嘉義市)との共同セミナーを現地にて行いました。北大からは、日本人、留学生ほぼ同数の計18名の法学研究科の学生(公共政策大学院生2名を含む)が参加しました。昨年度実施した上海・北京セミナ?同様、日台双方の学生が一人(一チーム)ずつ自分の研究について報告し、そのつど全員で自由に討議する形をとりました。いずれの大学においても、活発な討議が行われ、多大な収穫を得ました。教員よりも学生が主体的に討議するというスタイルにつき、台湾側の学生・教員から驚きとともに肯定的な反応を得たことも喜びでした。北大側の学生には、日中台出身の学生のほか、イギリスからの留学生や社会人経験者など多様な顔ぶれが揃い、まさにバックグラウンドの多様化が活かされました。平成21年度は南京大学等との共同セミナーを行う予定になっており、現在準備中です。「大学院教育改革支援プログラム」については、http://hlk.petit.cc/ を御覧ください。なお、台北市では、昨秋来札して共同セミナーを行った台湾大学の学生たちとの交歓夕食会が開かれたことを付言します。大学間交流のパイプは確実に太くなっています。

04

 

法科大学院・高等法政教育研究センター共催講演会 ●
「足利事件 -DNA鑑定と自白」

2009年7月17日(金)

講師:佐藤博史●弁護士
   菅家利和
司会:白取祐司●北大法学研究科教授 
共催:北大学法科大学院

 センターと法科大学院の共催で、7月17日(金曜日)に、DNA 鑑定をめぐる冤罪事件として著名な足利事件の主任弁護人佐藤博史弁護士と犯人とされた菅家利和さんご本人をお招きし、白取祐司教授の司会で、講演会が開催された。8番教室は定員をはるかに超え、400人程の学生が熱心に聴き入った。
 最初に佐藤弁護士が、菅家さん直筆の手紙や実況見分の様子を写した写真などをスライドで示しながら、事件の経緯と刑事裁判の病根を鋭く指摘した。続いて菅家さんが演壇に立ち、自白を強いられた当時の取調状況を生々しく語り、捜査官や裁判所への怒りを示すとともに、「取調の可視化」の必要性を訴えた。
 裁判員制度が施行された今日、冤罪事件のもつ恐ろしさは決して他人事ではなくなった。法曹を目指す法科大学院生・法学部生だけでなく、社会の諸問題に深い関心を抱く学生にとっても、わが国の司法制度の在り方を考える上で有意義な機会となった。

05

 

Research Update

やりたいことはいろいろあるけれど……

加藤智章●社会保障法 教授

06

 四半世紀ぶりに北海道大学に舞い戻り、定年まで在籍したとしても九年しか残されていません。この短い期間にやりたいと考えていることが二つあります。ひとつは、社会保険に関する総論的な論考をものにすること、いまひとつは、フランス社会保障制度の一九九〇年代以降の動向を日本との比較で論じることです。
 社会保障制度の制度設計に関連して、保険料方式か税方式かという議論があります。私はいうまでもなく保険料方式を支持しますが、多くの経済学者が支持する税方式に比べて、保険料方式を支持する論説は少ないように思います。社会保険に固執するものではありませんが、社会保険の特徴である強制加入をひとつの糸口にして、売れない総論的専門書を書いてみたいと考えています。
 フランスは社会保険を中心に社会保障制度を構築している点で日本と共通しています。しかし、社会保障制度における国家のあり方では対極にありました。この国家のあり方の変化に着目して、日本とフランスの制度変遷過程の比較を試みたいと考えています。フランス人は定年までの年数を指折り数えて待ち望むといわれますが、私も気負うことなく、指折り数えながら原稿用紙のマス目を埋めてゆくつもりです。

 

最近の研究テーマ

中島岳志●アジア政治 准教授

07

9月に『朝日平吾の鬱屈』という本を出版します。朝日は1921年に当時の財閥のリーダー・安田善次郎を暗殺し、自らも現場で頚動脈を切って自死した31歳の青年です。第一次世界大戦後の不況の中、労働運動が盛んになる中で起きたテロは、その後の日本社会にテロ・クーデターの連鎖を呼び込みます。
 「希望は、戦争」論が注目を集め、アキバ事件をはじめとする暴力が頻発する今日。もう一度、大正から昭和にかけての暴力の推移とその顛末、そして犯人の精神の内在的批評を行う必要があると考えています。
 来年にかけては、「親鸞と日本主義」というテーマで、雑誌連載を開始する予定です。超国家主義者と日蓮主義の関係は、以前から指摘されてきましたが、倉田百三、三井甲之といった親鸞主義者にとってのナショナリズムの問題は、等閑視されてきました。2011年の「親鸞聖人七百五十回御遠忌」と今日の親鸞ブームに対して、一石を投じたいと思っています。
 今年は他に、『ガンディーからの問い』という本や対談集、評論集を出版する予定です。

 

Art&Culture

堀田善衞『ミシェル 城館の人』(三部作)
(集英社、1994 年)

北大法学研究科教授  笹田栄司

小説好きにとって「この一冊」というのは悩ましい問いかけだ。大学1 年の頃に読んだ辻邦生『背教者ユリアヌス』、オーバードクターの頃出会った藤沢周平の暗い初期作品集、そして、山田風太郎の明治小説集も忘れられない。さて、今はどうだろう。濫読は相変わらずだが、折りにふれて読み返す本がある。それが、堀田善衞『ミシェル 城館の人』だ。宗教戦争の時代に生きたミシェル・ド・モンテーニュは、もちろん『エセー』で周知の人だろう。ミシェルは、家族を連れペストを避けるため流浪する人であり成功した法官貴族であり、また国王の側近でもある。引退後は城館や領地の経営に興味を示さず、城館内の塔の書斎にひきこもる。その代償を、「家人たちは、彼が思索をし、その思索を書き綴ることにも、彼の著作そのものにも、三文の値打ちも認めていなかった。」と、堀田は描く。主人公を愛でつつ、しかしばっさり切ることも厭わない。この距離感が、該博な知識を織りまぜた魅力ある文章とともに、この本を何度も手にとらせる理由なのだろう。

08

「Goodnight to the rock’n’roll era. …」
Pavement, Crooked Rain (Matador, 1994)

北大法学研究科准教授  齋藤 哲志

 本誌には相応しくないとも思われたが、他のジャンルについて語る術を持たない。

 ペイヴメントの前期作品は、そのジャケットを想起するだけで昂進を惹起するに十分である。特にマタドールからの2 枚目『CrookedRain』は、アメリカのロック史上、グレイトフル・デッド『American Beauty』やキャプテン・ビーフハート&ヒズ・マジック・バンド『TroutMask Replica』に優る位置づけを与えられてよい(と個人的には思う)。
 青臭いシニシズムを放散しながら、「ギターが下手で何が悪い」とばかりに単音弾きが繰り返される。カリフォルニアの地方都市ストックトン出身の彼らがグランジ全盛のニューヨークのスタジオでカントリーを模倣する「Range Life」、偽者たちに担われたthe rock’n’roll era への鎮魂歌「Fillmore Jive」…、全12 曲のいずれもが、批判の初期衝動と演奏水準の低さとが等価たり得ることの全き例証となっている。
 ニルヴァーナとは一線を画したところで密やかに進行した革命は、後期には「ギターポップ」という有り難くないジャンルに数えられつつ陳腐化し、2000 年には終焉を迎える。「ローファイ」と名付けるか否かにかかわらず、ギターが上手くてはいけなかったのである。

 久々に聞き返してみたが、複雑な感情にとらわれた。思えば遠くに来てしまったが、やはり自分の根源には「アメリカ」が在ると言わざるを得ない…。

09

 

From Abroad

「ガザ、白リン弾、戦争犯罪
――あるいは国際政治の進歩について――」

滞在地 イタリア欧州大学院大学ロベール・シューマン研究所
遠藤 乾(北大法学研究科教授 国際政治)

 国内の法や政治にはロマンがある。法の支配の確立・深化、民主的な政権交代、貧富の格差の是正……。対して、国際関係という場に進歩は可能だろうか。

*       *       *

 先のイタリア滞在の時にお世話になった友人が、ガザで写真を撮ってきた。覚えている人もいるだろうか。2008年末から09年始にかけて、イスラエルはパレスチナ自治区ガザに侵攻し、市民を含む1400人もの死者がでた。そのうち子供は1/3を数えた。その時の写真である(写真と背景記事が『週刊金曜日』2009年7月19日発売号に出たので詳しくはそちらを参照されたい)。
 「ガザ」というのは、日本語だと「ガーゼ」の語源となったような、もともとは地中海沿岸に典型的な美しい綿花の栽培地である。しかし、戦場と化したガザでは、物品の交流を制限されたために、日常品はおろか薬品さえも甚だしく不足し、仕事も武器もなく、貧困と憎悪が増殖している。もちろん、そこに(イスラエルの存在を認めない)ハマスが伸長を重ねる余地がある。
 見せてもらった写真はひどいものばかりである。腕や足がなく、顔の識別も難しい、手術台で医師たちが呆然とする類の写真であり、時に子供のものも含まれていた。
 写真を撮った友人は、普段はベルルスコーニにゴマをすり、ACミランのユースの学校をエジプトで運営し、ゆくゆく女性にウィンクする絵にかいたようなイタリア人なのだが、この話をするときばかりは表情がこわばっていた。
 彼の情報源はヨルダンの医師だった。その医師を介して、通常は入れない手術室の光景を写真とビデオに収めている。そこで聞いてきた話は、常軌を逸したイスラエルの蛮行であった。
 たとえば、イスラエル軍が学校を攻撃するのはすでに珍しいことではなくなっているが、今回は同じ学校でも、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の運営する避難所となっている学校を砲撃した。ここでは少なくとも40人が死亡している。
 イスラエル側の報告書ですら、パレスチナ側の死者は1166名に上る。うち709人がハマスなどの戦闘員、民間人は295人(残りは不明)としている。ガザ市の人権団体「パレスチナ人権センター」が挙げている数字は少々異なる。それは、パレスチナ側の総死者数を1417人とし、全員の氏名を公開した。926人が民間人で、うち313 人が18 歳未満の子供、116人が女性、戦闘員が236人、警察官が255人だったと報告している。そのほかにも4000家族が家を失い、避難民となった。国連の職員も28人が命を落とした。
 私に友人が撮ってきた写真の一枚は、手足を縛られた大人の男の死体を写している。ハマスと目されたその男は、まず家宅捜索を受け、そこで縛られ、足を撃たれ動けなくされた上で、空から爆弾を撃ち込まれていた。
 写真の多くは、その爆弾の正体を物語っていた。いわゆる白リン弾である。ふつうは夜間に曳光弾として使用される。しかし、それは白昼、一般人に向けられた。
 そうなるとどうなるのか。白リン弾の破片・粉末が飛び散り、顔・肉体に降り注ぐとき、その物質は皮膚の中から熱を持ち、皮膚の細孔から抜け出てくる。その結果、皮膚の表面が真っ赤に焼けただれたような状況になる。くわえて、白リン弾には重大な副作用があり、肝機能不全の原因になるようだ。それは、まっさきに高齢者や子ども、女性に影響を与える。戦争犯罪の色彩が濃くなる所以である。
 このイスラエル侵攻は、2月に予定されていた同国の総選挙前に起きた。攻撃に踏み切った与党カディマ政権は、選挙を前に勢いづく対パレスチナ強硬派の野党リクードから弱腰と批判されていた。攻撃の背景にどういう計算があったのか想像するのは容易である。年末に予定されていたイスラエル=ハマス間の停戦協定の失効を契機に、カディマ党政権は最強硬策を採ることで右派の票を取りに行ったのである。
 また、この侵攻はアメリカにおける権力の交代期になされた。あきらかに親イスラエルのスタンスを計算できるブッシュのうちにイスラエルは手を打っておきたかった。攻撃はオバマ大統領の就任式の直前にピタッと止まった。
 約1400名の人命はそのようにして、あっという間に失われたのである。
 3年前に新設された国連人権理事会は、今年4月に調査団を組織し、6月にやっと現地調査に入った。9月に提出される人権理事会への報告書には注目したい。

10

 

Information

  • 昨年12月12,19日に高等研等が共催で開催した連続シンポジウム「どうする? 21世紀の貧困と格差」をもとに、岩波ブックレット「脱「貧困」への政治」が発刊されました。詳細は岩波書店HP のブックレットのページ、各書店店頭でご確認ください。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● 総選挙が近づき、政権交代の可能性が高まっている。このことが日本社会の成熟を示すのか停滞を象徴するのか。豊かなビジョンがたくさん提起されることこそが、政治変動を活かしていくために必要だ。センターが忙しくなる秋冬の季節に向かいたい。

G a r s o n● 様々な「世間の波」に乗られない私は、海の波そのものにも上手く乗られるかわからない。でも時々、ただひたすらぼーっと大海原を眺めていたくなる。今のところ平年より涼しい北海道の夏だが、そんな機会も狙いつつ……。

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第30号

発行日●2009年7月31日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

〒060・0809 ●北海道札幌市北区北9条西7丁目
Phone/Fax●011・706・4005
E-mail●jcenter@juris.hokudai.ac.jp
HP●https://www.juris.hokudai.ac.jp/~academia/

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【J-Center】