講演会「一五年戦争論再考」

坂野潤治●千葉大学法経学部教授

主催:高等法政教育研究センター

報告

 6月21日文系共同講義棟9番教室において、坂野潤治千葉大学法経学部教授(東京大学名誉教授)による講演会「15年戦争再考--平和3勢力の敗退」が行われた。当日は、あいにくワールドカップのイングランド対ブラジル戦(事実上の決勝戦と言われていた)とぶつかったが、開場前から会場には坂野教授の謦咳に接しようという熱気が立ちこめていた。冒頭、教授はスペイン優勝の確信を語り(あろうことかこの予想は見事に裏切られた)当日の試合にはあまり意味のないことを宣言した上で、近著『日本政治「失敗」の研究』に至る自身の研究史の変遷から論を起こした。当日の話は、坂野教授が従来行ってきた自由主義対民主主義という枠組みから、平和勢力による戦争抑止へと重点を移すことで、「15年戦争論」の再検討を行おうというものであった。

 講演の中で、坂野教授は、野坂参三、斎藤隆夫、武藤貞一、戸坂潤らによる当時の書簡・論説・演説を朗読し現代の「常識」を次々に覆していった。そしてその上で、満州事変勃発後にもその拡大や国際連盟との衝突とを避けようとする親英米勢力と軍部との綱引きは続いていたこと、日中戦争の勃発によって政治状況が一変したこと、しかし二・二六事件と第二〇回総選挙での民政党の後退及び社会大衆党内人民戦線派の敗北によって、すでにそれ以前に平和勢力結集の可能性が潰えていたこと、などを、説得力をもって次々に解明した。史料を読み直す醍醐味と、自由で豊饒な想像力のもたらす解釈の華麗さに、聴衆は大いに魅了され、80分という濃密な時間が瞬く間に過ぎていったように感じられた。特に、軍事評論家武藤貞一が日中戦争勃発の時点で、陸海軍の均衡主義から日本の南進と戦時の金属徴集・大空襲を予言していた件など、興奮を禁じ得ない場面であった。その後の質疑応答においても、会場の学生・大学院生・教員らから活発な質問が寄せられた。

 ゴルバチョフ登場と共に「自由主義対社会民主主義」の史的分析へと傾斜し、9・11テロ事件以降「平和」へと軸足を移すという国際環境と教授自身の歴史研究との連関性の指摘や、日本国内における自由主義及び社会民主主義いずれの改革にも失望せざるを得ない状況の中で、歴史学者として現実政治に対してメッセージを発信している姿勢など、当日出席者が坂野教授の講演から学んだものはまことに有意義であった。