J-mail No.20 2006 Spring

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Spring,2006
●J-Review:大村 敦志
●Research Update:亘理 格/長井 長信
●Juris Report
●Art&Culture:高見 進/長谷川 晃
●From Abroad:倉田 聡
●Information

 

J-Review

いまを、斬る●
東京や札幌は燃えないか…

TEXT:大村敦志●東京大学大学院法学政治学研究科教授
     ATSUSHI OMURA

1

 ビル・エモット氏は、近著『日はまた昇る―日本のこれからの15年』で次のように述べている。「日本の社会は驚くほど安定していた。…ヨーロッパ諸国のなかでも経済運営の『社会的モデル』であることがご自慢のフランスと比較してみると、よくわかる。2005年11月、フランス各都市の貧しい郊外地域では何夜も続けて暴動が起こり、何千台もの車に火が放たれた」。
 この「暴動」は世界の関心を集めたが、英語圏のメディアの中には、「パリは燃えているか?」と報じたものもあったという。これは、フランスに対してなされた一種のあてこすりだとも言われた。アメリカのイスラム政策の批判ばかりせず自分の足下を見よ、というわけである。日本での連日の報道にも、皮肉こそ含まれてはいなかったものの、フランスの移民統合政策の失敗を指摘するものが多かった。
 先のエモット氏の文章には、次の一文が続く。「こんなことは日本では起こりえない」。はたして、そう断言してよいものだろうか。私たちにとって、この事件は本当に対岸の火事なのだろうか。日本はフランスのような移民社会ではないから…。しかし、日本国内の登録外国人の数は200万人を超えようとしているし、人口減少社会への対応策として移民開放論が再び活発になりつつある。
 そもそも、今回の事件を、移民問題の一環としてとらえるべきかどうかも議論の余地のあるところである。フランスの新聞によれば、検挙された若者たちには、①一夫多妻の家族や②貧困家庭に属する者が多かったことが指摘されている。①を見れば文化的な要素がクローズアップされるが、②からは経済的な要因が浮上してくる。
 翻って、日本の場合はどうだろうか。『希望格差社会』『下流社会』をはじめとして、格差拡大をめぐる議論がやかましいことは周知の通りである。格差の大小はともかくとして、それが広がりつつあることが認知され、そのことが不当だと感じられるようになれば、小さな出来事が導火線となることはありうる。今回の出来事は「移民たちの68年」とも評されたが、日本でも「フリーターたちの68年」が生じないとも限らない。そうだとすれば、高見の見物をきめこむわけにはいかない。フランスを嗤うのではなく、むしろその後の社会的な対応を見守りたい。

 

Research Update

公的事務の民間化と行政契約論の再構築

亘理 格●行政法 教授

2

 日本では、命令強制が行政法理論の中心に置かれ、契約といえば私法上の契約を想定してきた。このため、わが国では、行政が締結する契約のほとんどは私法の世界に委ねられ、行政契約論が長い間未発達であった。ところが、近年、公共施設の設置・管理や行政サービス給付の民営化やPFIが急速に進行する中で、行政契約論の重要性が再認識されている。そこでは、契約手法を通して権利義務及び責任の範囲を明確化するとともに、公的サービス利用者である国民の権利保護をいかにして確保するかが課題となる。民間化といえば、耐震設計偽造で近時話題となった民間建築主事(指定確認検査機関)、公立博物館や美術館等の公の施設の運営に民間事業者が携わる指定管理者制度等、行政契約以外のテーマとの関連性も深い。それらの諸問題を広く視野に入れながら、公的事務の民間開放と行政の公的責務達成とをバランス良く関係づける法理論を解明したいと思っている。

 

経済犯罪の抑止はいかに?

長井 長信●刑法 教授

3

 私の最近のテーマは、経済犯罪・逸脱行為の法的規制・抑止策はいかにあるべきかというものである。さしあたりインサイダー取引罪(証取法)と不当な取引制限の罪(独禁法)を素材としているが、幸い(?)素材には事欠かない。経済刑法の分野でも「重罰化」は有効と考えられ、法人処罰論も有力であるが、独禁法ではリニエンシー(課徴金減免)制度が導入され、近年企業がコンプライアンス(法令遵守)に取り組むなど、積極的に適法行為へと誘導する方策に関心が向けられている。いわば「アメ」と「ムチ」の使い分けである。こんな時代には、ムチばかり鳴らしていてはダメで、「おいしいアメ」も作らなくてはならない。いささか不慣れな仕事ではある。それにしても、それぞれの取引分野における規制枠組みは難解で、また、発生する個々の事件も規模が大きく複雑である。かつて海抜0メートルから青息吐息で利尻山の頂上を目指したことがあるが、私の研究も、今は、見通しの利かない暗い森の中、ようやく2合目あたりを彷徨っているような気分である。

 

Juris Report

北大シンポジウム「先住民族と大学」
センター講演会「アメリカ先住民法の現況」

2005年12月11日(日)北海道大学学術交流会館小講堂

スピーカー:リリカラ・カメエレイヒワ(ハワイ大学附属ハワイ研究センター教授 )、リチャード・モネッ      ト(ウィスコンシン大学ロースクール附属先住民法研究センター準教授)、加藤忠(北海道ウ      タリ協会理事長)、佐藤知己(北海道大学文学研究科助教授)、知里むつみ(知里森舎代表)

 2005年12月11日(日)、北大シンポジウム「先住民族と大学」準備委員会との共催でシンポジウムが開かれた。このシンポジウムは、北大が大学中期計画において、アイヌなどの北方諸民族に関する教育を充実させることを謳っている一環として企画され、高等研センターもそれに協力したものである。講演は、中村睦男北大総長の挨拶の後、ハワイ大学附属ハワイ研究センター、リリカラ・カメエレイヒワ教授、ウィスコンシン大学ロースクール附属先住民法研究センター、リチャード・モネット準教授、北海道ウタリ協会の加藤忠理事長、文学研究科佐藤知己助教授、知里森舎代表の知里むつみさんらが各々の角度から先住民族と大学の関わり方について考えを述べられ、その後会場からの質問を踏まえたパネル・ディスカッションが行われた。北大の取り組みに対するアイヌの方々の期待が大きく感じられた機会であった。なお、モネット準教授には続く12日(月)に法学研究科で「アメリカ先住民法の現況」と題する講演も行っていただいた。

4

センター講演会「フェミニズム法理論の現在」
センターシンポジウム「主体性と法―緊張と接近」

2006年1月27日(金)講演会

スピーカー:岡野八代●立命館大学法学部助教授
司会:長谷川晃●高等研センター長

2006年1月28日(土)シンポジウム

ディスカッサント:吉田克己●北大法学研究科教授 
         尾崎一郎●北大法学研究科助教授

 2006年1月27日(金)および28日(土)に、学生向け講演会「フェミニズム法理論の現在」およびシンポジウム「主体性と法」が、日本有数のフェミニズム理論家である岡野八代氏を迎えて行われた。27日の学生向け講演会では、岡野氏は特に男女平等に関する自民党の憲法改正案を批判的に検討しながら、日本社会におけるより実質的な男女平等の実現の途を探ってゆくことの重要性を力説された。また次の28日に行われたシンポジウムにおいては、岡野氏の報告、およびその後の吉田、尾崎両氏のコメントや三氏間のパネル・ディスカッションを通じて、フェミニズムが問題としてきた法における近代的な主体像の再構築の可能性が真摯に議論された。そこでは特に、<わたし>の法・政治的な意義や社会秩序との関わり、<わたし>と関係性やケアの倫理との関わりなどが議論され、リベラリズムとフェミニズムとの生産的な協同の可能性が探られた。

5

センター講演会
「ヨーロッパのイスラム―その現況と展望」

2006年2月21日(火) 北大学術交流会館小講堂

スピーカー:内藤正典●一橋大学社会学研究科教授
コーディネーター:長谷川晃●高等研センター長

 2006年2月21日(火)、センター講演会「ヨーロッパのイスラム」が開かれた。講師の内藤氏は、トルコ社会の研究を皮切りに、現在はヨーロッパにおけるイスラム系移民問題を精力的に研究・調査されている日本有数の研究者であり、マス・メディアでの解説などでも活躍されている方である。講演会では、昨年のイギリスのテロ問題、フランスの暴動問題、さらには最近のムハンマド戯画問題などを素材にしながら、イスラムの処遇をめぐって揺れ動くヨーロッパ社会とイスラムの思想や日常的な生活様式との間の相剋をいかに理解していったらよいのかという問題をめぐって、専門研究者ならではの極めて示唆に富む意見が述べられた。中でも、イスラムの人々にとって信仰は日常の生活様式に深く関わるものであることを知ることの重要さや、この対立を少しでも和解させるために、日本人が十分な知識を持って双方に真摯な対話を試みることの重要さを力説されたことが、たいへん印象に残った。

6

「情報とインターネットの時代の知的財産」に関するCOE研究会

2006年2月13・14日 北大文系総合教育棟W301号室

スピーカー:張 平●北京大学知的財産学院 教授

 2006年2月13日および14日、中国の知的財産法の著名な学者で北京大学知的財産学院の張平教授が、「情報とインターネットの時代の知的財産」をめぐってすばらしい講演をされた。

張平先生の講演は4つのテーマに分かれた。すなわち「知的財産の最前線の問題:中国と世界」、「知的財産戦略の産業標準における応用」、「著作権保護とインターネット文明」、「共に享受する知恵:オープン・ソース許可証の知的財産保護と活用」である。4つの講演はともに聴衆に感銘を与えたが、紙幅の都合があるので、ここではとくに紹介者が関心を持っている2番目のテーマと4番目のテーマについて紹介することにしたい。
 2番目のテーマで、張平先生は、大企業は自己の利益を拡大するために、積極的に知的財産の標準化戦略を押し広めていることを指し示した。知的財産の標準戦略とは、主として行政機関あるいは標準化組織などを通して、少数の大企業が自己の特許に法定技術標準あるいは事実技術標準を認めさせる戦略である。その戦略はいったん成功すると、少数の大企業は国内あるいは国外で大規模にかつ便利に特許使用料を取れるので、市場独占が容易に形成され、公共利益が害されることになる。したがって張平先生は知的財産の標準化の過程で独占防止と公共利益確保の重要性を強調した。
 4番目のテーマで、張平先生はオープン・ソース許可証の特徴、種類、商業化趨勢などを紹介した。オープン・ソース許可証とは、権利者が私権を処理する方法であって、他人に対してプログラム修正を許可すると共に、ソースの開放を要求するものである。その結果は一定の程度でソフトウエア産業の発展を促進し公共の利益確保に有利となる。しかし、開放許可は無償許可ではない。その商業化の趨勢はもう部分的に開放許可証の最初の趣旨を喪失した。

(COE客員研究員・武漢中南財経政法大学助教授 李 揚)

7

 

Art&Culture

山田風太郎
『明治断頭台(山田風太郎明治小説全集7)』(ちくま文庫、1997年)

 断頭台(ギロチン)と共に日本に来た金髪碧眼のフランス人美少女エスメラルダが巫女装束で祝詞を唱えながら太政官弾正台の大巡察香月経四郎と組んで難事件を解き明かす山田風太郎の明治物推理小説です。弾正台は、明治時代の初頭、役人の不正行為を糺すために作られた刑事司法機構ですが、もし、それが建前通りに動けばどうなるか。江戸時代とさして変わらぬ感覚で公私の区別の曖昧なまま公金を使っていた薩長の権力者にとっては大打撃となりえます。権力者が裁判を反対派の弾圧のために使う例は日本史上にも古くから事欠きませんが、司法機構も権力の一部なのだから逆はありえないとそれまでだれも思っていました。しかし、薩長土肥の末端の佐賀藩出身という設定の香月は、西洋法を学ぶことによって、法は権力者も拘束し、被支配者が権力者を追いつめるために裁判を利用することができるということを日本人ではじめて知ります。香月の<正義>と敵役薩摩藩出身の大巡察川路利良の<国家理性>との対決という趣向、幕末からの因縁話、謎解きがそれぞれに面白い。香月は佐賀藩出身初代司法卿江藤新平の影でもあります。

北大法学研究科教授 高見 進

8

Paul Desmond (as): Take Ten

 以前はアルト・サックスの音は些か神経質な気がして、あまり好きではなかった。何か落ち着かないのである。もちろん奏者による。例えばアート・ペッパーの音についてゆくのは、なかなかたいへんだった。しかし、最近アルトを聴き直すことが多くなった。ペッパーは相変わらずのところもあるが、このデズモンドのアルトが心地よい。夜も遅くなり、ようやく仕事が一息ついて、ちょっと酒でもと思うとき、それは格好の精神の友である。テナー・サックスやトランペットは、いくらスロー・バラードでも、何かそうはゆかない。不思議である。特に"Take Ten" はよい。ジム・ホールのギターのサポートも穏やかである。

高等研センター長 長谷川 晃

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From Abroad

倉田 聡●北大法学研究科教授
(2005年11月まで、ドイツ、マックス・プランク国際社会法・外国社会法研究所にて在外研究)
 
 わが国の社会保障法学では、つい最近まで、ドイツ法研究の扱いがお世辞にも大きいとはいえなかった。しかし、1990年代後半の介護保険の導入がわが国とドイツの社会保障研究の交流を大いに促進させた。
 特にドイツ側の研究機関としてその中心的な役割を担ったのが、筆者が一昨年12月から昨年11月までの1年間、在外研究の拠点とした、マックス・プランク国際社会法・外国社会法研究所である。同研究所は、ミュンヘン市中心部の、白いきれいな6階建てのビルディングの中にある。近くには、州社会裁判所や州立図書館などもあり、地の利がよい。
 現所長のベッカー教授は、わが国での知名度も高い前所長フォン・マイデル教授の後を継いで、2002年に就任された(因みに、彼の教授資格論文は、社会保険における保険者アウトノミーにかかる独・仏・英・伊の比較法研究であり、偶然にも博士論文でドイツの保険者自治の歴史研究を行った筆者とはその結論において問題意識が接近している)。教授は、公法学の観点からドイツの社会保障法にかかる法理論的な研究業績を精力的に公刊されている。特に、個別の政策決定を素材に、政府の政策裁量を制約する法規範(EU法と憲法が中心)を緻密な法解釈から導き出し、そこに体系的かつ論理的な方向性を加味する。彼の業績とそこで展開される手法は「法学」としての社会保障研究のあるべき姿を示す。
 ドイツにおいても、社会保障法研究は、法学の中では新参である。しかし、最近は、研究者の層が厚くなったせいか、質と量の双方において向上がめざましい。実際に、各論分野においては、さまざまな規範論が発達し、それが個別具体の政策を規律する要素として機能している。これは、抽象的違憲審査権をもつ連邦憲法裁判所の存在とその活発な活動(最近は、過剰であるという批判もある)はもとより、それらを素材に政策にかかる規範論を探求する研究者の積極的な活動によるところが大きい。
 にもかかわらず、わが国のドイツ社会保障研究は、その多くが依然として表面的な制度情報の提供にとどまる。これは、外国の情報は政策を論じるときにだけ参照するという、わが国特有のニーズに対応した結果であろう。しかし、今後は、このような段階からできるだけ早く脱却し、わが国の社会保障法学も「法学」の一分野としてのアイデンティティを獲得すべきである。筆者もその一助を担うべく、今後の研鑽を重ねようと思う。

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Information

  • j-mailの19号Reasearch Updateでの新堂明子先生の記事タイトルに編集ミスがありました。「第三者に対する契約責任行為責任」となっておりましたが、正しくは「第三者に対する契約責任と不法行為責任」でした。お詫びして訂正をいたします。
  • 今年度のセンターの活動は3月30日のシンポジウム「民事法の起源」で終了です。ゲストには東京大学の木庭顕先生(ローマ法)をお迎えします。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● 2年間のセンター長務めを無事全うできたところで、再任を仰せつかった。うーん、さてセンターのためにさらに何ができるだろうか。しばし熟考せねば・・・。

G a r s o n● センターのセミナーや講演会は、勉強になって面白いものばかりでした。みなさんも、お気軽にご参加・お問い合わせください。ご協力・応援頂きました、近くや遠くの方々に感謝。新年度もファイトー!!!

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第20号
発行日●2006年3月22日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

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Phone/Fax●011・706・4005
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