J-mail No.3 2001 Spring

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Winter,2001
●J-Review:月尾嘉男
●Research Update:奥田安弘/高見勝利
●Juris Report
●Interview 私のユートピア:田中真紀子
●Art&Culture【読む/聞く】:高橋美加/林知更
●Schedule&Information

 

J-Review

いまを、斬る   
 「自立から依存に転換する時代」

月尾嘉男●東京大学大学院新領域創成科学研究科教授

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 自立が北海道の目標になっているが、これは間違っている。第一の理由は現実に北海道は自立できないことである。カロリーで計算した食糧については全国でも数少ない自給地域であるが、それは石油や飼料など外国の資源への依存部分を無視しているから、それを勘定すれば自立はしていない。さらに食糧生産の基盤整備は大半が政府依存であり、自立とは程遠いのが実状である。それ以外の経済活動も公共事業に六割以上依存しているから、どのように逆立ちしても自立できるはずがない。

 第二の理由は自立という概念自体が過去のものになりつつあることである。ソ連の崩壊以後、世界の安全保障の中核概念は武力から魅力に移行した。魅力とは外部からヒト、モノ、カネ、チエを吸引することである。米国の情報産業は印度と中国によって成立しているといわれる。多数の優秀な若者が米国に留学し就職してアメリカの先端産業を発展させている。経済も世界から大量の資金が流入するから活発なのであり、いずれも海外に依存していることが米国の力強さの源泉である。
 そうであれば北海道が目指すべき目標は、可能なかぎり外部に依存し、それを世間が認知してくれる地域になることである。自然の魅力を最大に発揮してヒトやカネを吸収する。人情の魅力を発揮してチエやモノを入手する。21世紀は女性の時代ともいわれる。開拓以来、道民が心掛けてきた力強く自立する地域から脱却できたとき、本当に北海道は自立できることになる。なよなよとした美女は周囲が放置しておかないのと同様である。

 

Research Update

「中国戦後補償の法解釈論的研究」

奥田安弘●国際私法 教授

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 戦後補償といえば、なにか左翼の運動論のように誤解されるかもしれないが、私が三年前から原告弁護団の依頼を受けて、多数の意見書を提出したり、証言を行ってきたのは、あくまでも法解釈論として損害賠償請求権の存否を明らかにするためであった。
 国際私法の立場からいえば、請求権の準拠法は日本法であるかそれとも中国法であるか、戦前の国家無答責の法理は本件のような事案でも適用されるのか、という問題がある。
 弁護団の方は、依然として運動論の色彩も強いので、いつまで一緒にやっていけるか分からないが、今後も判決が次々に出るので結果を見て頂きたい。なお奥田安弘・川島真ほか「共同研究 中国戦後補償」(明石書店)という本がある。

 

「憲法制定過程の資料的研究」の再開

高見勝利 ●憲法 教授

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 21世紀を迎え、両院の憲法調査会を舞台に「あるべき憲法」が声高に主張され、憲法の改正論が華やかに展開されるものと思われます。私の関心は、そうした動きとは逆に「改正すべきだ」とされる各論点について、今の憲法が作られる過程で、Aどのような議論がなされたのか、Bその議論が憲法規定にどう反映し、憲法運用をどう方向づけた結果、現在語られているような改正論を惹起させることになったのか、C改正論のうち、そもそも明文修正を要するものはどれか等々を、当時の資料に拠りながら、再検討する方向に向かいつつあります。これは、上記調査会の活動が余りにも軽薄で「調査」の名に値しないと思うからです。中断していた研究(『日本国憲法制定資料全集(1)(2)』〔1997、1998年刊〕)を再開したいと考えております。

 

Juris Report

シンポジウム●21世紀の政策アジェンダ
「グローバリゼーションと責任論の再構築」

 昨年11月11日、クラーク会館大講堂において、金子勝(慶應義塾大学教授)と高橋哲哉(東京大学助教授)の両氏を招いて、当センター主催のシンポジウム「21世紀の政策アジェンダ」を開催した。金子氏はグローバリゼーションに対抗する経済理念と政策について最も精力的な議論を行う経済学者、高橋氏は日本の戦争責任の問題について戦後世代の視点から新たな地平を切り開いている哲学者である。一見無関係な二人の学者を組み合わせたのは、日本からグローバリゼーションへの対抗戦略を考える際に、「責任」と「アジアとの共生」という2つのキーワードが最も重要な意味を持つはずだという主催者の意図による。
 金子氏は、バブル崩壊以後の政治、行政、経済の無責任が今日の混迷をもたらしたことを批判した上で、前の世代の責任を問う若い世代の運動を通して政策転換を図るべきだと指摘した。そして、新たな政策理念の軸として、世代や国境を越えたリスクのシェアという考えを提示した。また、高橋氏は戦争責任や植民地支配に対する責任について新たなグローバル・スタンダードが生まれてきたことを指摘した。両者の対話の中から、過去に対する責任を果たすことが、経済的な意味でも世界の中で生きていくための必要条件となりつつあることが浮かび上がった。権力犯罪を行った指導者に対して責任を問うことが若い世代の責任であるというメッセージは重要な意味を含んでいる。なお、このシンポジウムの記録は岩波書店からブックレットとして3月に刊行される予定。

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市民セミナー●「循環型社会形成と法システム」

 昨年、資源循環に関連する6つの法律が制定され、さらに廃棄物処理法が大幅改正されたのをうけて、10月28日午後、法学部で「循環型社会形成と法システム」と題するシンポジウムが開催された。このシンポジウムは、畠山が中心になって進めている共同研究「循環型資源管理システムの構築にむけて」の一環で、共同研究のこれまでの成果を研究者や一般の方に報告するとともに、その声を研究内容に反映させるために企画されたものである。本センター研究員でもある大塚直学習院大学教授、北村喜宣横浜国立大学助教授にくわえ、アメリカ合衆国で廃棄物法の研究を終えて帰国したばかりの福士明札幌大学教授をパネラーに迎えた。大塚・北村両氏は、最近の立法動向や各地の具体的事例に詳しく、参加者にきわめて有益な情報が提供された。また福士氏の報告も、1年間の在外研究の成果を示す水準の高い報告であった。
 報告の終了後、50名ほどの参加者の中から活発な質疑があり、問題に関する研究者・一般市民の関心の高さをうかがわせた。

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先端教育プログラム●特別講義
「ヴァーチャルワールドの法原理」

 当センターでは、情報化やグローバル化に伴う法律実務の飛躍的変化に対応し、新たな学生向けの教育プログラムの開発にも取り組んでいる。今年度のメインプログラムについて報告する。
 インターネットの普及は社会ばかりではなく、法制度のあり方にまでも影響を与えつつある。従来、一部のメディアに握られていた情報の送り手の立場がインターネットの登場により一般大衆に拡散し、その結果権力の分散という現象が生じている。民主主義という観点に立てばこれは好ましい傾向であるといえよう。他方で誰もが情報を発信しうるということは今まで以上に情報の精度に問題があるということであり、根拠のない営業誹謗行為や名誉毀損行為、さらには著作権侵害が多発するおそれがある。資力のない者が送り手となることもありうるので、損害賠償等の手段では被害者の救済に不足が生じかねない。もっともこれを過度に統制する場合にはインターネットの民主主義的契機を害することになるから、解決は複眼的なものにならざるをえない。
 ゆえにインターネットと法制度の関係を講義しようとするのであれば、多面的な視点を必要とする。そもそもインターネットに関わる法制度は基礎法・公法・私法といった従来型の法体系の分類が通用しない総合的な知識を必要とする。そこで電気通信普及財団の援助を受け、今年度から隔年で5年間、計3回、法動態部門の責任者である田村が中心となって分野を異にする複数の教官が協力し、実験的に「ヴァーチャルワールドの法原理」という講義を行うことになった。今年度は法哲学(長谷川晃)・法社会学(尾崎一郎)・不法行為法(林田清明)・知的財産法(田村善之)・法と経済学(松村良之)・通信事業法(古城誠:上智大学)が参加し、学生との討論の時間などを設けながら講義を展開している。

 

 

Interview

私のユートピア(2)
ハイテクノロジーと素朴な人間性・自然との共存社会

衆議院議員
田中 真紀子 MAKIKO TANAKA

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 「ユートピア」ということなので、不可能なことかもしれませんが個人的にこうなったらいいな、と思う私の希望を述べてみましょう。まずとっても身近なことですが、長年主婦をやっていて切実に思うのは家事をもっともっと楽にしたいということ。私は仕事をしていますけれど、専業主婦だって毎日三度の食事を作って片づけるのは大変ですよ。忙しいのに食器が流し台で水に浸かっていたりすると本当にげんなりです。だから、魔法のように簡単便利ですぐ食事が出来て片づくようになるといいですね。(笑)それも宇宙食みたいに無味乾燥な感じのものではなく、見た目もきれいで美味しくてしかも生活習慣病の心配が全くないもの。味だって甘・酸・塩・辛といった味覚以外の、予想を超えた食べ物があると楽しいですね。ともかく、親が家事から解放されることで、もっと子供とスキンシップやコミュニケーションをとれるといいと思うのです。
 そうそう、忘れてはなりません。私のユートピアにはほっぺたを赤くして走り回る元気な子供達がいっぱいなんですよ!私が子供の頃はみんな溌剌として、能面のように無表情な顔の子なんかいませんでした。玩具なんか持っていなくても、みんなで何か作ったり自分たちで考えたゲームをしたりして、日が暮れるまで空き地で遊びました。何にもないところから自分でわくわくする楽しみを見いだす、それは本当に創造的な生活でした。家の外には自然もいっぱいありましたしね。人間も自然も素朴でのびのびしているのが一番ではないでしょうか。
 ただ、私は単純に昔に戻ればいいとは思わないのですね。私もせっかちなのですが、大事なことは急がない。ところが日本の社会全体が今、あまりにも忙しくてテンポが速すぎるように感じます。だからもっとゆっくりとしたゆとりある生活のために、便利でしかも人や自然に害のないハイテクが発達してほしいと思っています。
 ストレス、フラストレーション、憎しみも戦争もない社会。人が悲しみや喜びを本当に感じられて、愛情と信頼に満ちた社会。ゴミ問題など公害の心配が全くない社会。そして、人や自然とテクノロジーがうまく融合する形で進化した社会。欲張りかもしれませんが、それが私のユートピアですね。まあ、これを実現させるには政治も相当がんばらなくちゃなりませんね。(笑)

 

Art&Culture

【読む/BOOK

『渋沢家三代』 
佐野眞一著 文春文庫 1998年

 渋沢栄一に関する文献は多い。商業への偏見が残る時代にあって、在野から我が国の資本主義の礎を築いた彼の情熱には圧倒される。「会社といえども一家の事業」と言い切った岩崎家とは対照的に、栄一は独占資本ではない無機能資本家の結合としての株式会社制度を理想とし、その定着に尽力した。反面、渋沢家は大財閥を形成せず、ささやかな同族会社も財閥解体とともに姿を消す。そのためか家族としての渋沢家は従来あまり知られてこなかった。本書は栄一を中心に、廃嫡となった息子の篤二、日銀総裁・蔵相を務めつつ民俗学に傾倒して家の没落を甘受した孫の敬三の三代を、勤勉と遊蕩の奇妙なコントラストのもとで描く。一家の斜陽に悲壮感はなくむしろ爽やかである。

高橋美加

 

【聞く/JAZZ CD】

『 The Melody  At  Night,With You 』
 ピアノ/キース・ジャレット
 1998年12月録音

 慢性疲労症候群という難病のために数年間の闘病生活を余儀なくされたキースは、自らの病について、「これは疲労なんて生やさしいものじゃない。生きながらにして生命を失う病気なんだ」と語ったという。それはおそらく音楽家としての感受性にとっても致命的なことであったに違いない。本作は、病から恢復しつつあったキースが自宅のスタジオで独り綴った、ソロピアノによるスタンダード集である。シンプルで美しいメロディを、ひたすらシンプルに美しく弾くことによって、彼は一歩一歩「音楽」を自らに取り戻していったのではないかと感じられる。その演奏は、不思議なほどの透明感と慈しむような優しさに満ちており、自らの内面深くへと静かに囁きかけるかのようである。

林知更

 

Schedule&Information

市民に向けて開催するシンポジウムの予定Jan-Mar.2001
地方分権時代の地域政策

(2001年2月23日開催予定)

●金融改革や右肩上がり経済の終焉、そして地域間競争が高まる今、
地域政策・基本計画・政策金融のあり方を探る。

パネリスト ●荒田英和・石井吉春・逢坂誠二・佐和隆光 予定
コーディネーター ●山口二郎

環境政策と市民の役割(仮タイトル)

(2001年3月24日開催予定)

●21世紀における世界の重要課題「環境」を軸に、政策に対し、NGOや個人としての市民が果たす役割を考える。 パネリストにはドイツ、フライブルグ在住の環境ジャーナリスト・今泉みね子氏らを迎え、最新エコロジー事情を聴く。

  (共催/北海道大学大学院地球環境科学研究科)

パネリスト ●今泉みね子・小野有五・畠山武道 他の予定
コーディネーター ●山口二郎
問い合わせ ●Phone 011・706・3119

Academia Juris 活動報告

●2000年12月14日 根本清樹氏(朝日新聞論説委員、当センター研究員)を報告者に招いて、プロジェクト・セミナー「世紀末の政党政治」を開催。90年代の政治改革と政党再編成の過程を内側から見て、一連の政治変動の意味とその中における新聞の役割について総括する基調講演を頂く。その後、参加者による自由討論が行われ、派閥の変化、永田町の政治の動きと政治ジャーナリズムの関係などをめぐって活発に議論が交わされた。政治とメディアの問題について、更に議論の機会を広げていきたい。

●センター活動成果の出版  2000年7月11日に開催されたシンポジウム「ミレニアム総選挙を斬る」の記録が、岩波書店よりブックレット『どうする日本の政治』(54頁、440円)として出版された。

 

質問に答えて

公開シンポジウムに参加した学生から、「せっかく著名なゲストを招くのだから、入場料を取ってもっと大きな会場でした方がよいのではないか」というご意見をいただきました。運営経費の問題は、正直なところ、当センターにとっても悩みの種です。しかし、地域社会に対する知的貢献を任務の1つとするセンターのシンポジウムは無料で誰でも参加できる形にすべきだと思います。また、著名なゲストも大学での講演という趣旨を理解して、ボランティア同然で来てくれる場合がほとんどです。これからは、アメリカのように、学者に限らず各界の第1線で活躍する人々が大学で講演することによって知的評価を受けるという文化を創りたいと思っています。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r●マスターの独り言・・・某日/過労がたたり、今度は私が入院する番に。「加藤政局」のドタバタをベッドの上から眺め、切歯扼腕する。所詮は政治の動乱からは離れられない性とあきらめる。そしてまた某日/社会科学院から招かれ、久しぶりで中国へ。北京留学中のK助教授に連れられ、本当の四川料理や朝粥を食べる。きわめて美味、生きていて良かったと思う。土産に本格的なウーロン茶やジャスミン茶を買ってきて、当カフェは「政治的茶藝館」という看板も下げることとなった。中国茶の世界というのは、随分奥が深いのだ。

常連/森のフシギ●ギャルソン、マスターが相次いで過労で倒れる中うしろめたさを感じつつマイペースで映画など楽しませて頂いております。ギャスパー・ノエ監督「カノン(SEUL CONTRE TOUS)」は、法学・政治学者必見です。道徳や正義の到達しえない地点を眺めるのもまた一興。

常連/クララがマーシャ●久しぶりにバレエ「くるみ割り人形」を観た。重厚でかつ楽しい仕掛けがいっぱいの舞台装置、色とりどりの美しい衣装、観客を踊りに引きつけるための演奏を知り尽くした専属オーケストラ、伝統あるバレエ団ならではの公演だった。オリジナル脚本・演出がかなり改訂されていたが、よりファンタジックな世界を作り上げていて好ましかった。ただ、主人公の名前まで変えてしまうのは・・・。

G a r s o n●重厚な名前のせいで当センターは立派そうに思えるらしい。で、センター長室のドアを開けてびっくりする人も。小さなお部屋にギャルソンが一人、忙しいマスターのマネージメント(?)や一人編集部(!)をゼイゼイこなしているもので。でも、いざシンポジウムとなると事務の皆さんや院生さんなど法学研究科のお仲間が業務やボランティアという枠を越え、手を差し伸べてくれるのがとてもうれしい。お客様もこれまた熱心でアンケートを回収するたびレベルの高さに感心。・・・というわけで、みなさま、今世紀もAcademia Jurisをどうかよろしく!

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第3号
発行日●2001年1月15日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

〒060・0809 ●北海道札幌市北区北9条西7丁目
Phone/Fax●011・706・4005
E-mail●academia@juris.hokudai.ac.jp
HP●https://www.juris.hokudai.ac.jp/ad/

ご意見・ご感想はFAX または E-mailにてお寄せください
公開シンポジウムのお問い合わせは Phone●011・706・3119まで

【Academia Juris】