J-mail No.9 2002 Summer

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Summer,2002
●J-Review:小野 有五
●Research Update:吉田 邦彦/田村 善之
●Juris Report
●論壇 これからの大学にのぞむもの①:北野 宏明
●Art&Culture:寺谷 広司
●Information

 

J-Review

いまを、斬る●
ダムをめぐる科学と政治

TEXT:小野 有五●北海道大学大学院地球環境科学研究科教授
   ONO YUGO

01

 脱ダムを宣言した長野県の田中知事が議会の不信任決議を受けて失職した。ダム建設を中心とする大規模公共事業に依存する政・官・財のトライアングルが、まさに既得権益を奪われる危機感から、なりふりかまわぬ反撃に出た結果といえよう。ダムなしでは住民の安全を守れない、というのが、国土交通省をはじめとするダム推進派の論理である。しかし、それぞれのダム計画を検討すると、「ダムがなければ危険」という言説は、科学的にはきわめて問題のある前提にもとづいていることが多い。
 たとえば、河川をめぐる最大の公共事業であった北海道の千歳川放水路計画について考えてみよう。石狩川では、200年に一度の大雨と考えられる282ミリという史上最大の大雨でも、毎秒1万2000立方メートルの水しか出なかった。しかし、北海道開発局のたてた治水計画では、それより少ない260ミリの大雨で、なんと1万8000立方メートルもの水が出るという計算がなされ、これが絶対的な数値として、20年間、この計画を推進してきたのである。深刻な社会的な紛争まで引き起こしたこの無謀な計画は市民の反対で中止されたが、それはあくまで、反対が強かったからにすぎない。国土交通省は、いぜんとしてこの誤った計算方式を否定しておらず、そのために、放水路は中止できても、5000億円という、放水路建設に匹敵する多額の税金が、「計算上の洪水」を処理するための過大な投資に使われるのである。吉野川の第十堰問題でも同じ論理が使われている。こんなことを繰り返していれば、経済がおかしくなるのは当然であろう。
 田中知事もそういう点をもっと議会や住民に説明する責任があったし、それがなされていれば、今回のような事態は避けられたのではないかと思う。いや、それ以上に、科学者自身が市民にわかりやすくそのような説明をするべき時代だと思うのである。

 

Research Update

「所有法理論の再構築 -特に居住福祉との関連で-」

吉田 邦彦●民法・医事法 教授

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 所有理論といえば、戦後これまで川島武宜博士のものが学界をリードしてきたが、いろいろなところで綻びを示している。既に私は、21世紀的問題群を見据えて、人工生殖・環境問題・競争法・知的所有権の領域で、新たな理論スキームを示しているが(拙著・民法解釈と揺れ動く所有論(有斐閣、2000))、今後は、やり残した住宅法・社会保障法の所有法学における位置づけを明らかにする予定である。

 居住法の課題を一言すれば、-借地借家のみを中心的に語るという従来の民法学のディスコースに加えて、-ホームレス、震災、マンション管理、さらには、マイノリティーの居住差別問題(アイヌ・在日のそれについては、ジュリスト1163,65(1999),1219-1220(2002)参照)をも取り込んで、その所有理論を究明することである。

 

「市場・自由・知的財産」

田村 善之●知的財産法 教授

tamura2

 北大に来た当初は、知的財産法のなかでも層の薄い分野から体系書を書くと同時に、長くなりそうなところを論文として発表してきた。そのため、数年前まで私の論文は、実務的な論点に関わるものが多かった。最近では、私が指導している大学院生(弁理士や弁護士を含む)が、私が関心のある分野について論文を発表してくれる。おかげで、私自身は、法と経済学、自由の確保などの抽象的な議論に移行しうるようになった。その種の論文を集めた『市場・自由・知的財産』というタイトルの論文集が、来年度、有斐閣から刊行される予定である。

 私個人の名義の論文の数は減ったが、周囲の人間が発表する論文数は増えている。体系書の執筆作業も、今年度中に取りかかる予定の特許法概説で一段落がつく。そのようななか、研究の次のステージをいかに構築するかということが私の将来的な課題である。

 

Juris Report

講演会●
十五年戦争論再考

2002年6月21日 文系共同講義棟9番教室

講 師:坂野 潤治(千葉大学法経学部教授・東京大学名誉教授)
司会者:松浦 正孝(北海道大学大学院法学研究科教授)

 6月21日文系共同講義棟9番教室において、坂野潤治千葉大学法経学部教授(東京大学名誉教授)による講演会「15年戦争再考--平和3勢力の敗退」が行われた。当日は、あいにくワールドカップのイングランド対ブラジル戦(事実上の決勝戦と言われていた)とぶつかったが、開場前から会場には坂野教授の謦咳に接しようという熱気が立ちこめていた。冒頭、教授はスペイン優勝の確信を語り(あろうことかこの予想は見事に裏切られた)当日の試合にはあまり意味のないことを宣言した上で、近著『日本政治「失敗」の研究』に至る自身の研究史の変遷から論を起こした。当日の話は、坂野教授が従来行ってきた自由主義対民主主義という枠組みから、平和勢力による戦争抑止へと重点を移すことで、「15年戦争論」の再検討を行おうというものであった。
 講演の中で、坂野教授は、野坂参三、斎藤隆夫、武藤貞一、戸坂潤らによる当時の書簡・論説・演説を朗読し現代の「常識」を次々に覆していった。そしてその上で、満州事変勃発後にもその拡大や国際連盟との衝突とを避けようとする親英米勢力と軍部との綱引きは続いていたこと、日中戦争の勃発によって政治状況が一変したこと、しかし二・二六事件と第二〇回総選挙での民政党の後退及び社会大衆党内人民戦線派の敗北によって、すでにそれ以前に平和勢力結集の可能性が潰えていたこと、などを、説得力をもって次々に解明した。史料を読み直す醍醐味と、自由で豊饒な想像力のもたらす解釈の華麗さに、聴衆は大いに魅了され、80分という濃密な時間が瞬く間に過ぎていったように感じられた。特に、軍事評論家武藤貞一が日中戦争勃発の時点で、陸海軍の均衡主義から日本の南進と戦時の金属徴集・大空襲を予言していた件など、興奮を禁じ得ない場面であった。その後の質疑応答においても、会場の学生・大学院生・教員らから活発な質問が寄せられた。
 ゴルバチョフ登場と共に「自由主義対社会民主主義」の史的分析へと傾斜し、9・11テロ事件以降「平和」へと軸足を移すという国際環境と教授自身の歴史研究との連関性の指摘や、日本国内における自由主義及び社会民主主義いずれの改革にも失望せざるを得ない状況の中で、歴史学者として現実政治に対してメッセージを発信している姿勢など、当日出席者が坂野教授の講演から学んだものはまことに有意義であった。

04

 

論壇
 これからの大学にのぞむもの①

「理想、知の砦であれ」

KITANO HIROAKI
北野宏明●北海道新聞報道本部次長

 時代は混迷の中にある。あと十年後の日本の政治や経済がどうなっているかは、誰も確信を持って予測できないのではないか。世界全体への構想力も欠如している。
 最近、学生時代に戻ってもう一度、「知の探求」をしてみたい、とがんばっている友人に出くわすことが少なくない。古典や原書などを読みあさり、インターネットを通じて関連資料を探すなど、必死に未来への鍵を探そうと格闘しているように見える。リストラや企業倒産が相次ぐ中で、出世競争に身を焦がし、内向きだけにしか通用しない「企業の論理」にすがる空しさから、脱したいとの姿勢の現れでもある。
 未来への羅針盤を探す時、大学の役割は輝きを失っていない。問われていることの一つに、こうした学びたい人や時代の課題に「知の巨匠」であるべき大学人たちが、どこまで答えようとしているのか、ということがある。
 「学問に生きる者は独り自己の専門に閉じ籠もることによってのみ、後々にまで残るような仕事を成し遂げたという深い喜びを感じることができる」とマックス・ウェーバーは「職業としての学問」の中で述べた。流行に惑わされない、学者としての禁欲さは、こうした時代だからこそ、これまで以上に求められているのは、当たり前である。しかし、その上で休日に、各地に飛び出し、市民と共に民主主義活性化の道を論じ、啓蒙している教官もいることを私は知っている。いつまでも、こうした献身的なボランティアに、頼るだけでいいのだろうか。市民にもっと開かれた大学を、組織として、制度として、補償する仕組み作りが時代の要請ではないか。
 同時に地域の課題や問題にも目を向けてほしい。例えば、学部の垣根を超えて、北海道の姿を論じる場があってもいい。北海道のあるべき未来図を描き切れなければ、「希望の国のエクソダス」(村上龍)には、なりえない。核や産業廃棄物のゴミ捨て場という惨憺たる未来しか、待ち受けていない時代がやって来ていいのだろうか。霞が関の官僚は、省益は考えても地方のことを、まじめに考えていない。大学は地域に貢献する姿勢が求められている。 
 最後に学生の質を上げるために、教育に情熱を持ってほしい。社会人になってから、テキストよりもあの話を聴けてよかったな、と思わせる講義や演習が必要だ。未来を切り開く原動力は、いつの時代も若者だからである。

 

From Abroad

ある学会の帰路 --あるいは奇跡との遭遇--

ハーバード法科大学院研究員/北海道大学法学研究科助教授
遠藤 乾 ENDO KEN

 Lovranという宝石のような町で開かれた2回目のクロアチアEU学会は、首尾よく終わった。前回1998年の際は、晴れた日に米軍機がユーゴスラヴィアに爆撃しに行くのが見えたのだが、2000年の会議では、やわらかな春の日差しだけが、ツーリストに蹂躙される前のアドリア海を浮かび上がらせていた。
 ザグレブからバスで入った前回と違い、フィレンツェ在住(当時)のわたしは、ローマ経由でトリエステに入り、そこからレンタカーを走らせ、スロヴェニアとクロアチアの2つの国境を越えて、リエカ(旧フィウメ)を経て、報告時間の迫っていた学会場に急いだのだった。しかし、帰りは時間に余裕がある。そこで、半島を海沿いにドライヴ。地元の人に教わった海の幸のレストランに立ち寄り大満悦。バチが当たるのではと怖れるほどの幸福感とともにトリエステの空港にたどりついた。
 心配は現実のものになった。アリタリアのチェックインを終えた直後、アナウンスが入り、機体の故障により、出発が1時間遅れる、と(実際には3時間半!)。しかし、そんなことで挫けていたら、この国では生きていけない。周りの人たちは、日々のトラブルを笑いの種に転化する天才たちである。気を取りなおして、学会論文をめくり始めた。
 ところが10分もしないうちに、急に周囲が騒がしくなった。みると、一見してそれと分かるASローマのサポーターが、ウディネーゼ戦をおえて、応援歌を高らかに歌いながら、小さな空港ロビーを埋め尽くすところだった。なにやらそばにいる人たちが声を落として短い、意味深な会話を交わしていた。なになに? どうしても訊いてしまうタチである。するとなんと、別の入り口からローマの選手が待合室に入ったとのこと。1時間遅れも何もあったものではない。わたしには券がある! 即断し、堂々と、待合室に進んだ。
 すると居るではないか! あのバティステゥータ、トッティ、モンテッラ、カフー、エメルソン、デルヴェッキオ、そしてドン・ファビオ(監督)・・・。優勝街道を驀進している面々である。ナカタはどこだ?その日は、すぐ後のユヴェントス戦の決定打ほどではないにせよ、美しいゴールを決めたばかりだった。けれどもすぐわかったのは、かれはスペインでの日本代表に参加するために、すでに別の便でミラノに発ったとのことだった。
 なんとも都合よくこじんまりとした待合室で、わたしは接しやすいデルヴェッキオを手始めに、次々にスターたちとお話をすることが出来た。そして彼らと一緒に、3時間遅れの代わりに提供されたアリタリアの食事を楽しむという、この日2度目の至福感をかみしめていたのである。
 しかし、例によってミソをつけずに話は終わらない。空港カフェテリアでバティとゼビナ(DF)と写真を撮ったとき、名前とマスクからブラジル人だと確信していたゼビナに向かって、‘Mia moglia e Brasiliana! (カミさん、お国の人なんですよ!)’ と元気に言うと、 ‘Bhh, ma, sono Francese … (でもおれフランス人だぜ。。)’ 嗚呼、隠れようにも穴もない。

 にもかかわらず、である。まぎれもなく人生有数のモメントとなったその夜、ローマでさらに足止めをくらい、フィレンツェ空港にたどり着けなかったにもかかわらず、わたしはホテルのベッドで、すっかり学会の「成果」に満ち足りて眠りについたのだった。

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ASローマとのひととき(左バティステゥータ、右ゼビナ)

 

Art&Culture

「OTTIMO/SLAVA」
    best of SLAVA

ビクターエンターテインメント 1999年

 もし自ら死に行く友人が、何か慰みの音色を流しておいてくれないかと頼むなら、とりあえずこのアルバムのことは脳裏を過ぎるだろう。言うまでもなく、生きていることとは、意識し続けているということである。スラヴァのカウンター・テノールは男と女、異人と同胞、生者と死者、此方と彼方、昨日と今日、明日、これら幾つもの境界線を曖昧にしながら、夢と現を優しく繋いでくれる。―一つのメロディーを多様に歌い上げて、人生の豊穣さを伝える‘アヴェマリア’。遅くもなく速くもなく進んで、「今」を溶かしてゆく‘サマータイム’。そして、喜びも悲しみも等しい優しさで讃える‘子守歌’に抱かれながら、私達は眠る。―スラヴァの歌声を「妖しげ」と評するのはいかがかと思う。それは「生者」から見た傲慢ではなかろうか。その実、貴方は生きてはいないのだ。スラヴァは魂の行き交う夏の夜にこそ相応しい。そして、全ての芸術と同様、聴く者の資格に応じた悦びを与えるだろう。

北大法学研究科助教授 寺谷広司

VICP-60890

 

New Project

●学術創成研究「グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する比較研究」

 本年度から、科学研究費(学術創成研究)を得て、センターを拠点として、標記のテーマで共同研究を行うこととなった。
 この研究は、まずグローバリゼーションがもたらす新しい政策課題に対して、国家という旧来のアクターおよび市民活動、自治体などの新しいアクターがそれぞれどのように対応しているかを検証する。そのうえで、課題の性質変化に対応した政策決定・実施システムのデザインを検討し、《国家、自治体、NGO、地域統合組織、国際機関などが共通の問題を解決するために対立する意見を調整しながら取り組む》というガバナンスのモデルを提示する。そして、グローバルな具体的政策課題に対してこのモデルを適用して政策システムを構想することを目的としている。その際、グローバリゼーションに伴う諸問題のうち、特に人間にとって最も根源的な生命・生態系、および労働を含む人間の社会経済活動(ワークフェア)が危機に瀕していると考え、これらの領域における政策をテーマとする。具体的には、次の4つのレベルにおいて、グローバリゼーションが投げかける政治的挑戦について検討、解明する。
   A グローバリゼーションに伴う社会経済的構造変化の把握
    A1 市場化、リスク増大に伴う社会、経済的ストレスの把握
    A2 情報化、民主化に伴う市民性(citizenship)の発展の把握
   B 反応的政策形成の検証
   C レジーム革新の探索と評価
   D 新たな政策モデルの提示
 研究メンバーは以下の通りである。
山口二郎(研究代表者)、中村研一、宮脇淳、新川敏光、尾崎一郎、遠藤乾、山崎幹根(以上法学研究科)、濱田康行、井上久志(以上経済学研究科)、小野有五(地球環境科学研究科)、櫻井恒太郎(医学研究科)、宮本太郎(立命館大学)、魚住弘久(北海学園大学)
 この研究にともなう各種シンポジウムなどについては、随時本誌でも紹介していきたい。

 

Information

●7月25日から8月22日の毎週木曜日、法学研究科と高等法政教育研究センターの主催にて公開講座「司法改革-21世紀にありうべき法曹像-」を開催中。5人の講師によるオムニバスの連続講義形式で、現在作業が進められている司法改革の全体像を浮き彫りにする。時間はいずれも午後6時30分~8時30分。問い合わせは法学研究科・法学部庶務掛(電話011-706-3119)まで。

●8月27日(火)午後6時より、クラーク会館講堂にて、公開シンポジウム「-市民の手でかえよう-これからの公共事業」を開催する。五十嵐敬喜法政大学教授の講演の後、アウトドアライター・天野礼子氏、小野有五地球環境科学研究科教授、山口二郎センター長らを交え、パネルディスカッションを行う。

●9月11日(水)午後13時30分より、百年記念会館にて、公開シンポジウム「自治体改革の検証①」を開催する。この催しは学術創成研究の一環としてシリーズ化されるもので、第1回目ゲストは増田寛也岩手県知事。「グローバル化と地方行革」(仮題)に関する講演の後、宮脇淳教授らとともにディスカッションを行う。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● 7月の天候不順で、地球環境の変化を実感させられる。環境を守るための様々な研究が間に合うのかどうか、心配になる。新年度が始まったと思ったらもう7月も末ということで、研究のスピードを気にしなくてはならない毎日。

鍛沈● 7月1日付けで学術創成研究支援員に採用されました。不慣れな点もあろうかと思いますが、お役に立てるよう努力いたしますので、みなさま、どうぞよろしくお願いします。かつて自費で航空便でとっていた日刊ル・モンドや、船便のドイツ語やイタリア語の新聞を、ハルニレの大木に囲まれた研究室からインターネットで瞬時に無料で読めるのは限りない幸福です。この双方向電子媒体をいかに活用してゆくかは、個人的な関心でもあります。

G a r s o n●新プロジェクト立ち上げへの対応であたふたとする間に、市民の皆さんから「しばらくシンポジウムの案内をみませんが?」「自分のメールアドレスが落ちているのではないですか?」等の問い合わせが届く。センター発信の情報に対する期待を、あらためて実感する一幕。ご心配くださった方々、ごめんなさい。8月からはまた一般公開のシンポジウムを次々と企画しています。皆様、どうぞお楽しみに。

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第9号
発行日●2002年8月5日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

〒060・0809 ●北海道札幌市北区北9条西7丁目
Phone/Fax●011・706・4005
E-mail●academia@juris.hokudai.ac.jp
HP●https://www.juris.hokudai.ac.jp/ad/

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公開シンポジウムのお問い合わせは Phone●011・706・3119まで

【Academia Juris】