J-mail No.18 2005 Spring

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Spring,2005
●J-Review:新川 敏光
●From Center:長谷川 晃
●Juris Report:古矢 旬
●Research Update:小森 光夫/宮本 太郎
●Art&Culture:常本 照樹/権左 武志
●From Abroad:田口 正樹
●Information

 

J-Review

いまを、斬る●
来るべき政治の季節

TEXT:新川 敏光●京都大学大学院法学研究科教授
     TOSHIMITSU SHINKAWA

 先日ある会合で、中央官庁の役人たちの話を聞く機会があった。そこで耳にしたのは、「高齢化で財政赤字はどんどん増える。若者たちや将来の世代に、そのつけがまわる。これは世代間戦争だから、若者は選挙にいかなければダメだ(「社会保障にNOといえ」という意味らしい)」、「文教予算はここ20年伸びていないのに福祉予算の伸びが凄い。後10年もすれば、予算は福祉に飲み込まれる(!)」という高齢者バッシングであった。嫌な世の中になったものである。かつてこの国では、お年寄りを敬う「美しい」慣わしがあった。ところが、数が増えると厄介者というのでは、なんともなさけない。
 なにも私は、「お年よりは社会的弱者だから、何が何でも保護しましょう」などといいたいのではない。しかし日本は、北欧やドイツ、フランスなどの国と比べて、対国民所得比でみれば、高齢者に対して半分ほどの支出しかしていない。責められるべきは、野放図な制度設計を行ってきた政治家であり、それに加担して、小手先の改革を繰り返してきた官僚たちである。挙句に、政府は高齢化に対応した財源が必要なときに増税ができない。国民の信頼を失っているからである。
 伝統的福祉は衰退し、公的福祉が縮減され、企業福祉も頼りにならないとなれば、40歳もすぎると、もう老後の蓄えにせっせと励まなければならない。となれば、育児などというのは、たとえ雇用における本当の男女平等が実現し(望み薄であるが)、多少の子育て支援策の拡充があったとしても、個人にとって全く合理性を欠く行為になる。老後のために、せっせと蓄財するのが、高齢社会日本の最大目標になりそうである。しかしこれは、なんとも夢のない話であるし、社会としてみれば、おそろしく非合理的な(自殺)行為である。
 このディレンマを解決するためには、他者性を組み込んだ新たな社会的連帯の仕組みを築く必要があるのだが、今の政府にそのアイディアも意欲も窺えない。となれば、高齢者予備軍である団塊の世代は、再度の政治の季節に備え、今から心身を鍛え直しておいたほうがよさそうである。

1

 

From Center

センターの新たな活動ポリシーについて

高等研センター長  長谷川晃

 今年度から高等法政教育研究センターのメンバー構成は、従来とは少し趣を異にするようになった。従来のセンターの役割の一つであった実務界との交流が専門職大学院に多くを譲り、研究大学院との協力関係が密になるなかで、センターは法学研究科内の大型研究プロジェクトとの連携を強めるべく、その中軸となっている教員の方々をメンバーに迎えて、先端的研究の展開とそれに則した教育技法の開発へと重心を移動しつつある。すでに昨年度から、センター企画の他に種々の研究プロジェクトとの共同活動が増え、またセンターの各メンバーが関係するプロジェクトとの交流も進んできているが、今年度からはさらにその方向を促進して、センターの活動を法学研究科における新しい研究の展開とその社会的還元へとつなげてゆきたいと考えている。またこれに加えて今年9月には、法学研究科の学術交流協定校であるウィスコンシン大学ロー・スクールや国立台湾大学法律学院と共同で、台北において国際法学教育シンポジウムを開催すべく準備を進めており、このような試みを通じて法学研究科の国際学術交流の一端を担うべく活動の幅を広げてゆきたいとも考えている。これらの新たな活動を通じて、従前からの目的であった批判的知性の拠点としての法学研究科の維持と発展のために、センターはさらなる努力を続けたい。今後とも皆様のご支援・ご協力をいただければたいへん幸いである。

 

Research Update

国際法学と国際公共秩序

小森 光夫●国際法・教授

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 神の支配の世界を脱し、主権国家併存を基本にした国際社会に、公共政策や公権力の支配する秩序などあるはずもないというのが、現実主義を掲げる国際法学者の考えであった。国際法はせいぜい国家間の契約にすぎず、国際公法は国際私法と区別するためだけの概念であった。実際には、公海制度など全体の秩序維持に関わる制度もあったが、国益論、合意論を軸とする国際政治、法の理論からは、制度の公的性格は覆い隠されてきた。公法は公権力の法と認識されていたからでもある。だが最近、国際環境保護、国際金融秩序など国境を越える共通秩序形成の現象が拡がり始めた。説明のための理論装置が豊富な政治学はガバナンス論など新たな理論枠組みを展開した。その制度化を論ずる国際法学も、国際社会の共通利益などの控えめな概念を使い、国際公法秩序の理論化にやっと乗り出した。しかし、それは同時に、公共性概念の多様化と揺らぎの現象と向き合わねばならない。

 

「人生いろいろ」時代の福祉政治

宮本 太郎●比較政治・教授

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 各国の福祉政策に決定的な影響を与えた1945年の「ベヴァリッジ報告」をひもとくと、そこでは国民は被用者、主婦、退職者など6つのカテゴリーに分けられ、それぞれの生活リスクが詳細に論じられている。20世紀の福祉国家は、典型的なライフスタイルの典型的なリスクに対応するためのものであったのである。ところが今日、被用者の雇用は流動的で、女性の労働市場参加は常識で、退職者はおとなしくしているとは限らない。こうした制度と現実のずれをいかに調整するか。物議を醸した首相の「人生いろいろ」発言は、もし深い思考に支えられていたなら、福祉改革の出発点としてもっともふさわしい言葉だったのである。年金を初め多様な政策分野で議論がおこり、わが国でも福祉が政治の焦点となっている。私の研究主題は、まずはその福祉政治の動態を客観的に分析することであるが、可能ならば、市民の選択の自由を保障する新しい福祉のあり方を規範的に考究したいとも思っている。

 

Juris Report

国際シンポジウム
「American Empire, Past and Present」

2005年3月12・13日 東京グリーンパレス

ゲスト:遠藤 泰生, Stephen Howe, Sven Beckert, 藤原 帰一, 秋田 茂, 生井 英考, T.J. Jackson Lears,
   Reynaldo Ileto, 馬 暁華, 林 忠行, Thomas Knock,Erez Manela, 西崎 文子, 佐々木 卓也, 久保 文    明, Andrew Bacevich, Gary Gerstle, Rob Kroes, David Farber, 川島 真, Chantima Ongsuragz,    Patricio Nunes Abinales, Kyongsoo Lho, Caroline Hau
コーディネーター:古矢 旬●北海道大学大学院 法学研究科教授

 「アメリカ帝国」――過去と現在

 日本学術振興会「人文社会科学振興プロジェクト研究事業」の一環として2003年にスタートした「アメリカ研究の再編」(ReAS)は、2005年3月12、13両日、東京グリーンパレスにおいて、第4回目の国際シンポジウムを開催した。「アメリカのナショナリズム」「アメリカ研究の国際化」「アメリカの保守主義」をテーマとしたこれまでのシンポジウムの成果をふまえ、今回はいかなる意味で「アメリカ」は「帝国」とみなしうるのかという課題を、「帝国アメリカ」の起源、その対外政策と内政との連関、そのイデオロギー的背景としてのウィルソン主義、ヴェトナム戦争からイラク戦争にいたるアメリカ対外観の変容、アジア諸国のアメリカ観といった多面的な歴史的・国際政治学的観点から読み解くことを目的とした。海外から招聘した12名の専門家を含む約80名の参加者は、のべ20時間にわたり、きわめて活発な学術的討論を展開した。その記録は、近く議事録の形で公開する予定である。東京における二日間の国際シンポジウムの開催というやや野心的な試みは、大小さまざまの困難を伴ったが、成功のうちに終わり、将来のさらなる展開の礎石を置くことができたと自負している。共催した三つの基盤研究(A) 「グローバル化時代における「アメリカ化」と「反米主義」の国際的比較研究」(古矢)、「グローバリゼーション下における地域形成と地域連関に関する比較研究」(古田元夫・東大教授)、「アジアにおけるアメリカ文化外交の展開と変容」(能登路雅子・東大教授)、そして高等法政教育研究センターのご協力に深く感謝申し上げたい。

3

 

Art&Culture

American Graffiti(Universal Film, 1973)
監督:George Lucas
製作:Francis Ford Coppola

 ルーカスといえばスター・ウォーズの監督というのが通り相場だが、私にとってのルーカス・フィルムは、アメリカン・グラフィティ以外にはない。日本公開は74年12月だから、観たのは深瀬教授の憲法1部を履修していた頃だったかもしれない。ルーカスが描いたのは1962年のアメリカ、ベトナム戦争とブリティッシュ・ロックの洗礼を受ける前の「無垢なアメリカ」だった。それを観た「無垢な学生」は、カートに共鳴し、ジョンに憧れた。チェリー・コークとオールド・ハーパーが飲みたかった。3年のとき曽野和明教授のアメリカ憲法演習を選んだ理由の一つもこの映画だった。そして、それを自らの職業とするようになったとき、ホップのシーンに黒人が1人だけ映っていることに初めて気がついた。最初の留学の地にバークレーを選んだのも、大半のシーンがサンフランシスコの北にあるペタルマで撮影されたこと、そしてルーカスが生まれ、映画の舞台とした町がバークレーから100キロほどのモデストだったことと無縁ではなかったかもしれない。思えば「アメグラ」に導かれてこの道に入り、憲法というファインダーを通して「ポスト・アメグラ」の社会を見続けてきた、などと言うと、ジョンはこう返すだろうか。”You probably think you're a big shot, --but you're still a punk.”

北大法学研究科教授 常本 照樹

 

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フルトヴェングラー
『音と言葉』(白水社、新装版:1996年)

 ドイツ音楽に熱中していた5、6年前に愛読した本。ベートーヴェン演奏の極意を語り、アポロ的とディオニュソス的という二つの概念は対立物でなく、両者の統一こそ彼の芸術の課題だったと説く「ベートーヴェンと私たち」、バッハこそ音楽を通して語った最大の主観主義者、ロマン主義者だったという「バッハ」、二元論的均衡を逸した退廃者というニーチェのヴァーグナー批判は何よりも自分自身に向けられるべきだと説く「ヴァーグナー問題」など、二〇世紀最大の指揮者が途方もない知性と教養の持ち主だったことを教えてくれる。だが、何といっても圧巻は、再現芸術家としての演奏家の使命が、楽譜の個々の部分から作曲者を導いた全体のヴィジョンを読み取り、創造に先立つ混沌を呼び戻した上で、作品全体を再創造する点にある、と自らの創作活動の真髄を説き明かした1934年(!)の「作品解釈について」だろう。ただ、5年前のバッハ年を彼の地で体験した者として、バッハ演奏はやはりメンゲルベルク流でなく、カール・リヒターが正しいのでは。

北大法学研究科教授 権左武志

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From Abroad

ドイツ大学試験事情

フライブルク 田口 正樹●北海道大学法学研究科教授

 今年1月から留学の機会を得て、フライブルクに滞在している。フライブルクは人口約20万、ドイツ西南隅に位置する中都市である。ドイツの都市の例にもれずここも第二次大戦で甚大な破壊を被ったが、その後戦前の状態にかなり忠実な復元が行われ、その結果今もドイツの古き都市の面影をとどめている。付近一帯の経済・文化の中心として栄えているが、この町の活気はやはり大学の存在に由来するところが大きい。フライブルク大学は2万数千の学生を擁し、法学部はドイツの大学ランキングでは常に上位に位置する名門で、ゼミナールでの学生の発言も活発である。現在私は法制史研究所の図書室に席を確保してもらって、ゼミに出席する他は、自分の研究テーマの仕事を進める日々を過ごしている。

 さて、研究所の助手や学生アルバイトとは昼食をともにしたり休憩にコーヒーを飲んだりしているので、研究所や講座の活動について聞く機会も多い。以下は去る冬学期終わり頃のある日の会話である。助手A「やれやれまた試験の採点について異議を申し立てる学生がやってくる季節になったな。応対が大変だよ。」私「学生の異議?」助手B「今学期に教授が講義した法制史の試験を採点の上、学生に返却したのさ。学生の方は採点に対して論拠を示した上で異議を申し立てることができる。」助手A「異議は我々の所へ出されることになっているんだが、先学期はいきなり学部長に直訴した学生もいたな。」助手B「しかも今回は採点助手の一人が異常に辛い採点をしてしまった。いつもにまして学生の異議が多いんじゃないか。」私「採点助手って?」助手A「試験の採点には第一次国家試験を終えた人間を採点助手として雇っているのさ。講座によって違うが我々の場合は、答案枚数二百数十枚で採点助手が7,8人だったかな。しかし、今回のように彼らの採点基準がそろわないケースがあって、なかなか難しいところだ。採点前にレクチャーと申し合わせをしてはいるんだがね。」私「ドイツの試験もなかなか大変だね。」助手B「日本ではこういうことはないの?」私「根本的に状況が違う。日本の大学の試験では普通、評価結果を知らせるだけで答案の返却はしない。それに採点は教師自身がやっている。」助手A・B「うぅ、なるほど。」
 日本の試験を「権威的」とすれば、上の会話に現れたドイツの試験手続は「手数が多い」とでも形容できようか。彼我の違いは明らかだが、実は構造改革後の日本社会もこういった「手数の多い」方向へ変わっていくのではないだろうか。そんなことを考えながら、中世ドイツの裁判史料に目を通す毎日である。

7

 

Information

  • 5月26日(木)、古矢旬高等研センター教授による今年度第1回のイブニング・セミナー(「いま、アメリカは」)が開かれました。
  • 6月9日(木)、本学法学研究科修了で岩波書店編集部の小田野耕明氏を招いて、セミナー「青年よ、マスコミをめざそう!」が開催され、好評でした。また、6月23日(木)には、ポートランド州立大学のケン・ルオフ教授によるレクチャー「女帝論と皇室制度の行方」が行われ、熱心な質疑応答が交わされました。
  • 次回のイブニング・セミナーは、7月20日(水)午後6時半より、鈴木賢高等研センター教授の予定です。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● 今年の初夏は何とも蒸し暑い。そんな中でセンターの仕事を処理するのは必ずしも快適とは言えないのが正直なところ。しかし、強力なセンター新メンバーの力添えでセンターのスタート・ダッシュは昨年以上である。ごたくを並べてはいられない。

G a r s o n● 6月からセンターのお仕事を始めた私。。。初めは毎日のように関係者の方々のところに駆け込んでは、わからないことを聞いたりしていました。最近は仕事にも少し慣れてきたところです。

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第18号
発行日●2005年6月30日

発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

〒060・0809 ●北海道札幌市北区北9条西7丁目
Phone/Fax●011・706・4005
E-mail●jcenter@juris.hokudai.ac.jp
HP●https://www.juris.hokudai.ac.jp/ad/

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