J-mail No.19 2005 Autumn

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Autumn,2005
●J-Review:吉田 文和
●Research Update:新堂 明子/山崎 幹根
●Juris Report
●Art&Culture:稗貫 俊文/林 菜つみ
●From Abroad:桑原 朝子
●Information

 

J-Review

いまを、斬る●
グローバリゼーションと循環型社会

TEXT:吉田 文和●北海道大学公共政策大学院教授
     YOSHIDA FUMIKAZU

1

 日本は2000年に循環型社会形成推進基本法をつくり、その下に各種の循環諸法をおき、自然資源の消費を抑え、環境負荷を低減させる取り組みを開始した。今年1月からは自動車リサイクル法が本格施行されているが、他方で1997年から実施されている容器包装リサイクル法の見直しも行われ、本年末には改正が予定されている。ここへ来て、大きな問題となっているのは、隣の中国の経済成長の影響で、鉄スクラップ、古紙、廃プラスチックなどのへの需要が多く、価格が上昇傾向にあって、中国がいわば「磁石」のようになって日本からの循環(リサイクル用)資源を吸引し、日本のリサイクル制度が大きく、影響を受けていることである。
 具体的には、容器包装リサイクル制度で集めたPETボトルの一部が、中国へ流出し、国内のリサイクル施設に集まらず、倒産したPETボトルリサイクル企業も出ている。また、自動車リサイクル制度も、海外へ輸出される中古車が多く、自動車解体業者に解体自動車が集まらず、解体業者が自動車リサイクル料金を負担して集めるところも出ている。家電リサイクルも、海外流出分が約3割程度ある。
 問題は3つある。まず、第1に中国は資源が不足し、かつ労働力が安く豊富である。他方、日本は労働コストが相対的に高く、リサイクルコストが割高となる。したがって、中国で経済成長が続く限り、日本からの循環(リサイクル用)資源流出が起きる経済的根拠がある。第2に、日本自身の一国内リサイクル制度の問題である。日本で販売されるテレビなどは、90%以上、中国をはじめ東南アジア製となっている。したがって、ブラウン管の回収・分別を行っても、国内にブラウン管製造工場はなくなっている。一国内循環を前提にしたリサイクル制度は前提からして崩れているのである。第3に日本の各種リサイクル制度が経済原則から見て不合理な問題を多く含んでいる点である。例えば、容器包装リサイクル制度は、自治体が税金を投入して瓶、缶、PETボトル、プラスチック容器を収集・分別する制度であるが、現在の資源価格では缶、PETボトルは有価物であるにもかかわらず、無価物として、指定のリサイクル施設に送られる。瓶、缶、PETボトルとプラスチック容器が分別されて回収できれば、大きな収入を得られる。にもかかわらず、混合収集を行っている自治体が多い。
 グローバリゼーションのもとで循環型社会をどう創るか、国境を越えるリサイクルにどう対処すべきか、理論的にも実際的にも対応を迫られる課題である。

 

Research Update

第三者に対する契約責任と不法行為責任

新堂 明子●民法 助教授

 一方で、ΑB間の契約が第三者CにBに対する契約上の権利を与える場合があり、これが第三者のためにする契約である。他方で、ΑBの契約がBに第三者Cに対する不行為上の注意義務を課す場合があり、これが第三者のための保護効を伴う契約として議論されているものである。後者の責任が、契約に由来する責任なのか、不法行為に由来する責任なのか。イギリス法は、経済損失に関する不法行為に基づく損害賠償を認めないという原則をとり、さらに、契約当事者以外の誰も契約から権利を取得できないという原則をとっていたので、第三者のためにする契約を認めていなかった。したがって、不法行為責任を拡張するにも困難が伴い、さらに、契約責任を拡張するに困難が伴った。イギリス法のように、手足を二重に縛られている状況で不法行為責任か契約責任かを議論する判例法理の検討を通じて、日本法のように、手足を二重に縛られることがない状況で不法行為責任か契約責任かを議論する意味を再検証する予定である。

 

「機能」対「領域」の行政学

山崎 幹根●地方自治 助教授

3

 行政組織は通常、特定の政策を作成したり、実施するために「機能」ごとに編成されている。また、個別の政策ごとに、政治家、官僚、利益集団が、共通の利益を維持、拡大することを目的として「政策共同体」を形成している現象をみることができる。これに対して、多くの政策を束ねて作成、実施するために「領域」ごとに行政組織が編成される場合があり、領域の利益を共有した「政策共同体」もみられる。「機能」と「領域」は、時に錯綜し、相克する。ヨーロッパ諸国の場合、強い地域アイデンティティを背景に、特定領域を対象とした行政機関の設置や、広域地方政府の創設として顕在化することが多い。ヨーロッパの事例を日本と単純に比較することはできないものの、北海道や沖縄には「領域」を単位とした行政組織が存在する。また、戦後から今日に至るまで何度も提起された道州制構想は、「領域」を単位とした地方政府の設置によって「縦割り行政」の弊害を解消する試みでもあった。「機能」対「領域」という視点からいままでとは違った戦後日本の行政、中央地方関係の考察を、そして、研究の成果を国際比較へと発展させる可能性を模索しているところである。

 

Juris Report

公開セミナー
「青年よ、マスコミをめざそう!」

2005年6月9日 北海道大学文系総合教育研究棟W203号室

スピーカー:宮口宏夫●北海道新聞報道本部次長、北海道大学公共政策大学院非常勤講師
      小田野耕明●岩波書店岩波新書編集長

 6月9日午後3時から、文系総合教育研究棟W203号室において、センター主催による標記の講演会が行われた。今回はマスコミだけでなく、出版業界にも対象を広げ、いずれも本学法学部出身のお二人に講師をお願いした。まず、北海道新聞報道本部次長で本学公共政策大学院非常勤講師の宮口宏夫氏(1981年法学部卒)に、ワシントン特派員時代のアメリカでの取材活動や官邸・外務省担当時代の実際の報道現場について、具体的にお話し頂いた。また、岩波書店岩波新書編集長の小田野耕明氏(1994年法学部卒、96年同法学研究科修士課程修了)には、岩波新書が企画され出版に至るまでの過程を、ある北大教員の本ができるまでを例にとり、生々しくお話し頂いた。参加者はさほど多くなかったものの、その後の質疑の時間には熱いやりとりが行われ、参考になった、また是非今後もこのような機会を設けて欲しいという希望が寄せられた。来年度以降も、こうした企画を継続していくことが望まれる。

 

公開講演会
「女帝論と王室制度の行方」

2005年6月23日 北海道大学学術交流会館

スピーカー:ケネス・ルオフ●ポートランド州立大学助教授
司会:松浦正孝●北大法学研究科教授

 6月23日午後6時から、学術交流会館において、ケネス・ルオフポートランド州立大学助教授による講演「女帝論と皇室制度の行方」が行われた。同時通訳は、高安健将法学部専任講師が行った。ルオフ氏は1994-96年に法学部で助手・専任講師を務め、その間に完成した博士論文でコロンビア大学から学位を取得し、それを原型とする著書『国民の天皇』(高橋紘監修、共同通信社、2003年)が2005年1月に朝日新聞社主催第4回大佛次郎論壇賞を受賞した。講演では、女帝論をめぐる議論や現在の皇室制度・天皇のあり方、新たな動向などについてユーモアを交えて論じられ、その後一般からの参加者を含む聴衆との間で質疑応答が行われた。本学部の国際交流や研究の成果を外部に向けて発信していく意義を持つ講演会であり、また時期的にも関心を集めたテーマを扱う貴重な講演会であったということができよう。

4

シンポジウム
「平安朝の漢詩と〈法〉を探るー〈法と文学〉への歴史的アプローチー」

2005年7月25日 北大文系総合教育棟W301会議室

スピーカー:桑原朝子●北大学法学研究科助教授
   新田一郎●東大法学政治学研究科教授
   身崎壽●北大学文学研究科教授
   真壁仁●北大学法学研究科助教授
コーディネーター:長谷川晃●高等研センター長

 このシンポジウムは、北大法学研究科の同僚である桑原朝子先生の近著「平安朝の漢詩と法」をめぐる書評シンポジウムとして開かれた。コメンテーターとして桑原先生の恩師である東大法学政治学研究科新田一郎(日本法制史)、他に北大文学研究科身崎壽(日本古代文学史)、北大法学研究科真壁仁(日本政治思想史)の3先生をお招きして、多角的なコメントと桑原先生からの応答をいただきつつ、法における文学的思考の役割というテーマをめぐって、特に日本の歴史における詩と法、政治、社会の関連について活発な討論を行った。尚、フロアーには東大法学政治学研究科木庭顕先生(ローマ法)もご参席くださり、質疑に加わってくださった。

5

 

国際シンポジウム「法学教育改革―省察と展望―」

2005年9月16日・17日 於 国立台湾大学法律学院

日本からのパネリスト:吉田克己●北大法学研究科教授
   紙谷雅子●学習院大学法学部教授
   斎藤隆宏●弁護士、札幌弁護士会
   長谷川晃●高等研センター長

 このシンポジウムは、法学研究科と学術交流協定を結んでいる国立台湾大学法律学院ならびにウィスコンシン大学ロースクールとの共同開催として企画され、特に現今の日本、韓国、そして台湾の法学教育改革の動きを、アメリカやヨーロッパの法学教育の変化の動向と比較しながら多角的に検討し、今後の改革の方向を見定めることが目指された。日本4名、韓国2名、台湾2名、シンガポール1名、アメリカ5名、ドイツ2名、スウェーデン1名のパネリストの他に、フロアーにも日本、タイ、インドなどからの参席者も迎えて活発な議論が交わされたが、法系の相異を超えて、近視眼的ではなく広い識見と柔軟な正義感覚を持つ法曹の養成が緊要であることが強調された。その成果は Wisconsin Journal of International Law において近刊の予定である。

6

COE研究会
第1部:Works Made for Hire
第2部:Protection of Traditional Knowledge of Indigenous People
第3部:Dealing with Copyright-Special Reference to New Technologies

2005年8月29・30日 北大文系総合教育棟W301号室

スピーカー:Kamal Puri●オーストラリア・クイーンズ大学教授

 8月29・30日に、オーストラリア・クイーンズランド大学のKamal Puri教授を迎え、COE国際セミナーが開催された。
 第1部「伝統的知識と文化的表現の保護に関する既存の政治と法」においては、(知的財産法を含む)西洋型の法システム(特に個人主義と商品経済)がしばしば先住民等の伝統的な(法)観念と齟齬をきたし、このため伝統的知識等を法的に十分に保護できていないことが指摘された。このことから独自の保護立法の必要性が指摘され、Puri教授自身が南太平洋諸国等に対して提唱している立法案について言及された。質疑応答においては特に、アイヌの置かれている政治的・社会的・文化的状況について、盛んに情報交換がなされた。
 第2部「職務著作の権利者」においては、各国の従来の職務著作法が一貫していないことが指摘された上で、分割保有、即ち雇用者がその主要なビジネス目的に必要な限りで職務著作物における権益を確保する一方で、残余の権益は直接の著作者たる労働者に帰属させるべきとの立法論が提示された。
 第3部「デジタル著作権論争」においては、ITの発達によって従来型の著作権法の体系が動揺していることが示された。
 我が国では議論・情報の少ない分野を含め、Puri教授独自の見解が披露され、興味深い研究会であった。

7

 

Art&Culture

『夢の女・恐怖のベッド』ウィルキー・コリンズ
岩波文庫(中島賢二訳、1997年)

 〈恐怖の味わい〉中学3年の夏休みに、英語の補習で、短編小説を読んだ。賭博で儲けた男が、胴元の陰謀で、睡眠薬入りのコーヒーを飲まされ、天蓋のついたベッドのある部屋に案内される。神経が高ぶって眠れず、所在無きままに壁の絵をながめると、絵の上部が少しずつ消えていくようにみえる。それはベッドの天蓋が男に向かってゆっくり降りてくるからであった。音もなく降りてくる天蓋の意味に気づいたときの男の恐怖が心に残る。
 長い間、クリスティの短編と思いこみ、この翻訳を探したが、それらしいものは見つからなかった。いつしか、この短編のことは忘れてしまった。
 数年前に、文庫本に収められた短編「恐怖のベッド」を読んでいると、それが昔に探していた短編だと気づいた。長編小説「月長石」の著者で、ポーと同様に、推理小説、探偵小説の元祖と言うことであった。ポーのような密度の高い硬質の文章ではなく、感銘の質も劣るが、その恐怖の味わいは、ウィルキー・コリンズが、たしかに近代探偵小説の元祖であることを思わせる。

北大法学研究科教授 稗貫 俊文

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『無伴奏チェロのための6つの組曲』J.S.バッハ
ピエール・フルニエ

 昭和41年2月4日は忘れられない日となった。前年10月、北大の「オケラ」に入団し、チェロのとりこになっていた私は、その日市民会館の客席で、ピエール・フルニエのチェロ演奏に魅せられていた。その演奏中だったと思う。係員が「千歳発羽田行き全日空機が墜落した」旨手書きした模造紙を両手一杯に広げたのだ。会場内はざわめき何人かの客は席を立った。
 しかし、フルニエは、バッハ無伴奏チェロ組曲などを深く、静かに、瞑想するかのように演奏を続け、私の心に生涯忘れ得ない感動を残した。あたかも墜落した飛行機の乗員・乗客のための鎮魂歌のようでもあった。その年、私は自分の20歳の誕生記念に迷うことなく、フルニエのバッハ無伴奏チェロ組曲全曲のアルバム(LP盤)を購入した。
 フルニエは、昭和61年80歳で亡くなり、LPはCDとなった。ロストロポーヴィッチ、ヨーヨー・マ、M.マイスキーなど名演奏家が輩出しているが、私にとってはフルニエのアルヒーフ盤が一押しである。

北大法学研究科教授(弁護士) 林 菜つみ

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From Abroad

桑原 朝子●北大法学研究科助教授(英国、オックスフォード大学滞在中)
 
 生まれて初めて留学の機会を得て英国オックスフォードに来てから、瞬く間に2ヶ月が過ぎ去ってしまった。壮麗な教会や由緒あるカレッジが立ち並び、19世紀の詩人Matthew Arnoldによって‘sweet city with her dreaming spires’とうたわれた雰囲気を今も残すこの大学町の美しさは、それ自体強い印象を与えるが、‘Far East’から来た田舎者を最も魅了し且つ圧倒したのは、この町が感じさせる学問的蓄積あるいは伝統の重みである。
 それをとりわけ実感させる場所は、町中に点在する図書館である。法学の分野に関しては、専門の図書館が町の東部にあり、英米・欧州諸国や曾て英国の植民地であった地域の法に関する文献は、かなりよく揃っているように見える。また、日本ではあまり注目されることのない、大陸法系のスコットランド法に関する資料が多数存在するといった、ここならではの特色もあって興味深い。
 但し、伝統の重みを否というほど思い知らせるという点から言えば、中世以来の歴史を持つボードリアン図書館に優るものはないであろう。初めて入館する際に宣誓文を読み上げなくてはならないのもここだけであるが、その内容も時代がかっており、外国人用の翻訳版は、文章のぎこちなさが古色を一層際立てている。「私は貴館内では決して点火致しません。」というくだりでは、思わず『薔薇の名前』の結末を想起した。
 法学図書館と違ってこちらの蔵書の多くは書庫にあるが、氷山の一角に過ぎない開架図書を見るだけでも、殊に西洋古典学、西欧およびスラヴ・インド・エジプトなどに関する歴史学、英文学といった分野が充実していることは窺える。西洋以外で研究の進んでいる特定地域が、過去の植民地政策と関係していることは確かだが、同時に研究の対象となる豊かな素材ないし特徴的な文化的伝統を持つ地域であることも否定し得ないと思われる。翻って日本の状況について考えると、このような素材ないし特徴的文化を持っているという点では、相対的に非常に恵まれているといえるが、それをきちんと批判・吟味して将来に繋げる学問的営為は、十分に行われてきたとは言い難く、その責めを最も負わなくてはならないのは――自戒を込めて言えば――歴史家であるように見える。
 もっとも、ここでも、人文・社会科学の多くの分野で、中堅・若手の優れた研究者を確保できないという問題や学生の質の低下が起きているとのことであり、危機的状況にあることに変わりはない。しかし、この難局を乗り切り新たな研究に挑戦するために、こうした蓄積を踏み台にできるか否かは、なおも決定的な相違をもたらすのではないかと思われてならない。

10

 

Information

  • J-mail第18号のinformation記事(セミナー「青年よ、マスコミをめざそう!」)において記載漏れがありました。ゲストとしてご講演をいただいたのは、小田野耕明(岩波書店編集部)ならびに宮口宏夫(北海道新聞報道本部次長)のお二人でしたが、記事には宮口氏のお名前が漏れておりました。お詫びして訂正をいたします。
  • 今期のセンター企画、特に12月以降に続いて行われるものについては、すでにセンターホームページで公開しています。詳細はそちらをご参照ください。多くの皆様のご参加をお待ちしています。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● 夏休み中の企画が一段落して、秋口は些か疲れたが、そろそろエネルギーも復活してきたようだ。特に来月から3月まではまた様々な企画が目白押し。頑張るぞ!

G a r s o n● センターは、10月から3月にかけて、様々なテーマに関するシンポジウムやワークショップを開催する予定です。そのための準備等を全力で頑張っていきたいと思います。

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第19号
発行日●2005年11月24日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

〒060・0809 ●北海道札幌市北区北9条西7丁目
Phone/Fax●011・706・4005
E-mail●jcenter@juris.hokudai.ac.jp
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