J-mail No.24 2007 Summer

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Summer,2007
●J-Review:内藤正典
●Research Update:稗貫俊文/岡田信弘
●Juris Report
●Art&Culture:吉田徹/吉川吉樹
●From Abroad:山下龍一
●Information

 

J-Review

いまを、斬る●
中東の新たな危機―閉塞感を強めるトルコ

TEXT:内藤 正典●一橋大学大学院社会学研究科・教授
     MASANORI NAITO

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 トルコの政治が極度に緊張している。発端は、4月に行われる予定だった大統領選で、イスラーム政党公正発展党のギュル外相が候補になったものの、世俗主義を掲げる野党が投票をボイコットして選出できなくなったことにある。トルコは、国民のほとんどがムスリム(イスラーム教徒)だが、憲法で国家は世俗的であると規定している。しかし、民主化が進むにつれて、民意の反映として政治の場にイスラームが台頭してきた。与党は、EU加盟交渉にも熱心だったが、それは憲法の厳格な世俗主義と信教の自由との対立を緩和できるだろうという読みからである。EU諸国のあいだには、国家と宗教の関係について共通理解はない。厳格な世俗主義をとるのはフランスだけである。しかし、トルコ国内で、世俗主義と国家の絶対不可分という憲法上の二大原則の守護者となっているのは国軍である。統合参謀本部は、4月に国内でイスラームが公的領域に進出していることに対して、憂慮をもって注視し、憲法原則が侵されるなら断固たる行動にでるとウエブサイトで警告した。
 3月以来、北イラクのクルド人地域から、トルコで分離独立運動を続けてきたPKK(クルド労働者党)の武装勢力が侵入し、テロが頻発するようになった。5月には、初めて首都アンカラで死傷者100人以上という自爆テロが発生した。国軍は、ここでも、共和国の絶対不可分という憲法第2条の守護者として、分離主義者の拠点であるイラク侵攻も辞さないという警告を発した。
 欧米諸国は、シビリアンコントロールの未成熟として批判している。だが、トルコでは、最も強力な護憲勢力が軍部なのである。まったく別の視点からみると興味深い。日本では、憲法上の疑義がありながら、小泉政権下で自衛隊をイラクに派遣した。シビリアンコントロールの結果なのだろう。しかし、トルコはNATOの同盟国である米国の強い要請を受けても、イラク戦争にも、湾岸戦争にも派兵しなかった。自国の安全が脅かされないかぎり、軍事力を行使しないという憲法上の原則に従ったのである。湾岸戦争のとき、当時のオザル大統領は米国の要請を受けいれようと動いた。これに抗議して参謀総長は無言で辞任した。さて、トルコ軍による内政と隣国への干渉を批判する欧米諸国は、これまで中東で何をしてきたか?第一次大戦以来、それを問わずに外部から干渉してきたのが欧米諸国であることを中東の人々は忘れていない。

 

Research Update

独禁法で東から西へ、又は右往左往

稗貫俊文●北大法学研究科教授 経済法

2

 独禁法の排除行為に関する最近の議論の活発さは、不公正な取引方法の規制が現状では過剰な規制をもたらすという見方が台頭し、学会で広く共有された了解(市場支配的な事業者が不公正な取引方法に該当する行為をすれば私的独占になる)が崩れはじめたことによる。その源泉は欧米の競争法における排除行為の違法性の評価の再吟味の動向であり、その帰結は、社会的総余剰や消費者余剰という経済学の概念を基礎付けとする違法性判断の提唱ということになるであろう。独禁法は資源配分の効率性を確保するための目的プログラムと化する。最近の「同等に能率的な競争者」の基準や「短期的な競争の利益を犠牲にする経済的に無意味な行為」基準は、こうした方向へ棹さす議論である。このように効率性へと純化する議論の流れに抗することはとても難しい。しばらくは東アジアの経済法研究者に「欧米か!」などと言われながら、経済学の議論にお付き合いせざるをえない。

 

「立法過程」研究(憲法学)

岡田信弘●北大法学研究科教授 憲法

 政策決定プロセスを憲法学の観点から考察するというのが私の一貫した問題関心であるが、ここでは、本研究科に在職するようになってから継続して行ってきている「立法過程」に関する共同研究について簡単に述べることとしたい。この分野の共同研究は、深瀬忠一名誉教授以来行われてきているもので、大変伝統のあるものである。私は、現在、科学研究費補助金(基盤研究(A))の交付を得て、「変革期における新たな立法動向と多元的立法過程に関する比較的・総合的研究」というテーマの下に共同研究を遂行している。そこでの問題意識は、憲法学者の従来の立法過程研究、あるいは国会や内閣に関する多くの研究が関連条文の解釈論、もしくはそれに基づく静態的な制度論にとどまっていたのに対して、立法過程の実態に関する正確な理解を踏まえた議論や理論を構築することにある。そして、こうした観点から実務家を巻き込んで展開されている本共同研究の成果が、憲法学界だけでなく、立法実務に携わる人々に対しても何らかの形でインパクトを与えることができればと考えている。

 

Juris Report

国際セミナー
「社会経済レジームの多様性とその将来 日本型レジームのゆくえ」

2007年04月13日(金)

スピーカー:ブルーノ・アマーブル●パリ第一大学教授
コメンテーター:山田鋭夫●九州産業大学教授
        井戸正伸●早稲田大学教授
コーディネータ:宮本太郎●高等法政教育研究センター教授

 資本主義とその社会経済レジームはどこに向かうのか。新自由主義の席巻か、福祉国家に代わる新しい調整様式の形成か。本センターと基盤研究(A)「脱「日独型レジーム」の比較政治分析」(研究代表・宮本太郎)の共催で、4月13日、東京のホテルグランドパレスにおいてセミナー「社会経済レジームとその多様性 日本型レジームのゆくえ」が開かれた。このセミナーでは、レギュラシオン学派の新世代の旗手と目され、わが国でも主著の「5つの資本主義」(訳書・藤原書店)が注目を浴びたブルーノ・アマーブル・パリ第一大学教授が基調講演、グローバルな視点から社会経済レジームの多様性とその変容を論じ、同時にEU内部の制度調整が各国のレジームにいかなる影響を与えつつあるかを解明した。山田鋭夫九州産業大学教授、井戸正伸早稲田大学教授からのコメントの後は、会場を埋めた50人ほどの参加者からも質問、コメントが相次ぎ、活発な討議がおこなわれた。

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センター・ガイダンス・セミナー

1.学振申請ガイダンス・セミナー
2007年04月26日(木)

講師:石川敬史●本学法学研究科講師
   菅原寧格●本学法学研究科助教
   坂口一成●学振PD特別研究員
コーディネータ:長谷川晃●高等法政教育研究センター長

 このセミナーは、研究大学院院生の学振研究助成への申請の一助となることを目的として、講師等の有志と長谷川センター長との共同企画としてとして開催された。セミナーにおいては学振助成を取得した経験のある石川、菅原、坂口の各氏に、申請応募の際の心構えや申請書類の書き方など、新しく応募しようとする院生に有意義なノウハウを語ってもらうと共に、大学院生からの質問も受け付けて、オープンな雰囲気の中で実用性に富んだ意見・情報交換がなされた。研究大学院生にとって重要なサポートとなりつつある学振研究助成であるが、本研究科の採択率は必ずしも高くない状況であるため、今後このような意見・情報交換はたいへん重要になると思われる。高等研センターとしても、このような機会を設けることで、引き続き側面サポートを行ってゆきたい。

2.ウィスコンシン大学ロー・スクール留学ガイダンス・セミナー
2007年05月25日(金)

講師:スーザン・キャッチャー● ウィスコンシン大学ロー・スクール東アジア法研究センター副所長
コーディネータ:長谷川晃●高等法政教育研究センター長
        尾崎一郎●高等法政教育研究センター教授

 このガイダンスは、ほぼ毎年、交流協定のあるウィスコンシン大学ロー・スクールからのゲストが来学される折りに開かれて来たものであり、先年に引き続いてS・キャッチャー氏が来学されたのを機会に開かれた。キャッチャー氏はスライドを活用されながら、アメリカのロー・スクールの一般的な留学受入体制やウィスコンシン大学ロー・スクールの留学受入状況などを説明され、参加者からの様々な質問に丁寧に応答してくださった。来学の決まったのが開催日の直前だったためか、参加者はセンター関係者を除くと学部生1名・法科大学院生1名と少なかったが、その分、細やかなガイダンスができたように思われる。法学の国際化が進展している現代社会において、本法学研究科の留学への意欲は必ずしも高いとは言えないように思われる。そのギャップを埋めてゆくためにも、ウィスコンシン大学との交流協定を大いに利用してほしいものである。

 

センター・講演会
「今、女性の目から法に求めるもの」

2007年06月22日(金)

スピーカー:近藤恵子●NPO法人・女のスペース・おん代表理事
司会:長谷川晃●高等法政教育研究センター長

 本講演会のテーマは、種々の法整備が進められる一方でその理想とは裏腹に現実に女性に対する差別やハラスメント、そして暴力が止むことなく続いている日本社会の現況を考えることにあった。札幌市に拠点を置くNPO法人・女のスペース・おんは、女性差別や女性への暴力の現実の直中で、個別ケースへの援助ばかりでなく、法制度や政策のあるべき姿を公に訴えながら、多くの実績を積み重ねてきた日本有数の民間女性支援団体である。今回は、長年この団体の代表として活動をリードして来られた近藤恵子氏に<おん>での経験を踏まえたお話を伺った。

 講演で近藤氏は、おんの設立時の経緯から説き起こし、特に北海道における悲惨で過酷な家庭内暴力の実態に触れつつ、多くの女性が不当に虐げられている一方で、男性はもとより、警察、役所、あるいは裁判所にいかにまだ無理解が残っているかについて論じてくださった。その話は静かな語り口のものではあったが、大きな悲しみや怒りが込められていることが伺われた。特に、法制度整備要求の過程での国会における苦闘、法廷で直面する裁判官の偏見など、法や政治の最も重要な場において深く巣食っている男性の偏見や差別感も指摘され、大きな問題が提起された。フロアーとの質疑では、このような現況を改善してゆくための懲罰のあり方、教育のあり方、暴力行為の後の救急措置のあり方、政治への働きかけ、司法の場の改革の可能性などについてフロアーとの意見交換がなされたが、参加者は問題の深刻さを正面から受け止めた。

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センター・講演会
「生きさせろ! -若者の声から格差社会の法と政治を考える-」

2007年07月06日(金)

スピーカー:雨宮処凛●作家
      中島岳志●北大公共政策大学院准教授
司会:長谷川晃●高等法政教育研究センター長

 この講演会では、現代日本社会において増加の一途を辿っているいわゆるワーキングプアの若者の問題がテーマであった。ゲストには、近年作家としてこの問題に健筆を奮うと共に様々な支援にもコミットしている北海道出身の雨宮処凜氏と、同世代の友人であり最近は日本の若者文化の問題にも積極的に発言をしつつある本学公共政策大学院の中島准教授を迎え、二人の対談形式で行われた。
 二人の対談の中では、ちょうど二十歳の年(1995年)に起こった阪神大震災、地下鉄サリン事件、バブル崩壊などの一連の衝撃的事件による価値観や生きる意味の喪失感を皮切りに、自傷や自殺が広がった同世代が抱えてきた迷いや悩みが率直に語られると同時に、その生活をいっそう閉塞させてきたここ10年ほどの日本社会の変化に対する批判的分析もなされ、それに対していかに政治や法、そして学問が無策であったかも指摘された。
 また、対談の途中では、昨年来活発になって来たワーキングプアの若者たちの連帯運動の実際もDVDで紹介された。ワーキングプアの人々のみならずおよそ現代の若者たちが何を求めており、そしてそのためにまた社会や学問は本当に何を支援しまた考えるべきなのか、二人の才気煥発な対談は大きなインパクトと問題提起を聴衆に与えるものとなった。

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Art&Culture

ベルナルド・ベルトリッチ監督『1990年』
(伊=西独、1976年)

 イタリア人画家、ジュゼッペ・ペリッツァによる有名な「第四身分(il Quattro Stato)」のフェードインから始まるこの映画は、ベルトリッチ監督が3年の歳月をかけて撮ったものの、その5時間16分という上映時間が災いして興行的には大失敗に終わった。しかし、デニーロ、ドパルデュー、ドナルド・サザーランド、その後監督のお気に入りになった美しきドミニック・サンダ(『暗殺の森』)等が、イタリアの資本家、労働運動、ファシズムの3つの潮流をアンヴィヴァレントに体現しながら、展開されるロマネスクな世界はそのまま現代史の良質な教科書ですらある。
 ベルトリッチは「全ての愛と情熱を持ったブルジョワのマルクス主義者」であるがゆえに「常に自分のルーツであるミリューにつかまってしまう」ことを恐れた、という。70年代末からの作品は、激動する時代から逃避する個人を主題に据えていくようにみえる。それは彼がマルクス主義であったゆえなのかどうか、この「Novecento=新世紀」という原題を持つ映画を観る度に気がかりになる。

北大公共政策大学院准教授  吉田 徹

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Enigma - MCMXC a.D. (1990年)

 「Enigma」は、グレゴリオ聖歌のサンプリングとダンスビートを融合させたファーストシングル「Sadeness part 1」により、センセーショナルな衝撃をもって音楽シーンに登場した。本作は同シングルも収録した、ファーストアルバムである。
 「Enigma」の特徴は、なんといっても個々のアルバムにおけるコンセプトの統一性であろう。現在に至るまでにオリジナルアルバム6作と、ベストアルバム、リミックスアルバム各1作をリリースしているが、アルバム毎の強烈な個性は、それ自体が一個のシングル曲ともいえるような有機的な絡まり合いを見せている。
 一般的には、アトランタ・オリンピックのテーマソングともなった最大のヒット曲「Return To Innocence」がよく知られているところであろうが、同曲が収録されたセカンドアルバムではなく、筆者は本作をお勧めしたい。ヒーリング・ミュージックの先駆けとも評される本作であるが、聞き心地はそのような生易しいものではなく、官能的であり、背徳的ですらあるサウンドを通じて、胎内回帰にも似た陶酔感を得られること請け合いである。

北大法学研究科准教授  吉川吉樹

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From Abroad

トリア便り (滞在地 ドイツ・トリア)

山下龍一(高等研センター 教授)

 ○○先生 ご無沙汰しております。今年2月16日、妻と二人の子供(5歳と生後6ヶ月)の一家4人でドイツ・トリアに来て早や4ヶ月になろうとしています。トリアという町はルクセンブルクとの国境近くにあり、ローマ時代の遺跡やカール・マルクスの生家がある、人口10万の小さな街です。私がお世話になっているのは、1989年トリア大学に設立された環境・技術法研究所という機関で、秘書の方も親切で研究室も用意してもらい、研究環境は申し分ありません。

 トリアはモーゼルワインの生産地の一つだけあって、いたるところにブドウ畑があり、家から少し歩くと美瑛のような広大な放牧地もあります。Amsel(クロウタドリ)という鳥が一日中美しい声で鳴いていたり、ある朝突然100頭以上の羊が大学近くに放牧にやってきたりする自然は、こちらでしか味わえないと思います。
 長期の在外研究は私にとって初めてということもあって、これまでに様々なトラブル・苦労を味わいました。1ヶ月目の大きなトラブルはインターネットに関するものです。電話会社に回線工事を頼んだのに、約束の日時にはやってこず私が不在の時にやってきたり、口座振替を頼んだのに、手続がなされず料金不払いで通話を停止されたり、散々な目にあいました。
 2ヶ月目の最大の苦労は、長男の幼稚園通いです。いくつかの幼稚園を見学し、結局、大学構内にある幼稚園に行くことになりました。しかし、全く日本語が通じない所に一人ほうりこまれるのですから当然ですが、朝長男を幼稚園に送って私が帰ろうとすると泣き出します。長男にとっても私にとってもブルーな朝が1ヶ月以上続きました。最近友達ができ、「早く幼稚園に行きたい。」と言うようになりホッとしているところです。
 そして、3ヶ月目。札幌から刑法のO先生が来られ、トリア大学の先生と約束された時間までの空き時間を使って、車でルクセンブルクのEchternachという所まで二人で行くことになりました。行きは一般道を走り、帰りにアウトバーンを走ろうということになりました。アウトバーンでの運転は私には初めての経験です。アウトバーンに入り150キロを出して間もなく、パタパタパタという音がし始め、その音がだんだん大きくなっていきました。あわてて、側道に止め降りて見たところ、後輪のタイヤの一つが完全に破裂。100メートル先の駐車場まで徐行して、O先生の指示でタイヤ交換し、無事トリアに戻ってきました。
 これまでの話から大体の察しがつくでしょうが、勉強の方はあまりはかどっていません。ドイツでは、リスク国家論、環境政策の転換と法といったことを勉強しようと思っていますが……。勉強のことは次の手紙に書くことにします(笑)。これからもいろいろな苦労があるでしょうし、勉強にも身を入れなければなりませんが、とりあえず、今のところ家族全員無事暮らしております。先生もくれぐれもお体にはお気をつけ下さい。さようなら。

9

 

Information

  • 7月24日(火)18時から、北大アイヌ・先住民研究センターと共催で、講演会「二風谷ダム判決とその後」を開催します。講師は、この訴訟で弁護団長を務められた田中宏弁護士(北大法科大学院教授)です。
  • 10月5日(金)18時から、『労働ダンピング』(岩波新書)の著者、中野麻美弁護士の講演会を予定しています。中野弁護士は北大法学部の出身で、労働問題の第一線で活躍されている方です。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● 今年度のセンター企画は格差社会の批判的検討を統一テーマにしてゆこうと考えている。現代日本社会の変動に法学や政治学はいかに対応してゆけるのか、多角的に考えてみたい・・・と、まずはコーヒーを一杯。

G a r s o n● きれいになったセンター長室の新しい留守番役としてやってきましたが、部屋やらパソコンやらが平成人ではない私をなかなか受け入れてくれませんでした。それでもなんとか環境改善を図りつつ……。

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第24号
発行日●2007年7月23日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

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