J-mail No.25 2007 Autumn

CONTENTS・・・・・・・・・・・・Autumn,2007
●J-Review:常本照樹
●Research Update:林田清明/白取祐司
●Juris Report
●Art&Culture:深町晋也/中島岳志
●From Abroad:眞壁仁
●Information

 

J-Review

いまを、斬る●
「先住民族の権利に関する国連宣言」採択に思う

TEXT:常本 照樹●北大アイヌ・先住民センター長、北大法学研究科教授
                TERUKI TSUNEMOTO

 2007年9月13日、国連総会第61会期の最終段階で、「先住民族の権利に関する国連宣言」が採択された(A/RES/61/295)。賛成143ヵ国、反対4ヵ国、棄権11ヵ国であった。虐げられてきた世界の先住民族の人権宣言が、ようやく圧倒的多数で承認されたという趣旨の報道が目につく。国連での作業が始まったのが1982年であったから、実に20年以上にわたる先住民族団体の粘り強い作業の成果であることは間違いなく、先住民族自身や支援してきたNGO等が「歴史的勝利」と胸を張るのも当然といえよう。
 しかし、懸念材料が少なからず残されていることも否定できない。その内容を見てみると、3億7000万人とも推定される先住民族の多様な生活実態を包括するために、実に様々な権利が盛り込まれているだけでなく、20年以上にわたる交渉と妥協のなかで、内容の一貫性が損なわれてきたことも指摘されている。もちろん、自決権や土地権、知的財産権や「自由で事前の説明に基づく同意」の権利など、主権国家側が眉をひそめる権利も少なくない。また、反対した国は4ヵ国しかないとはいえ、それはアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった世界でも先住民人口が多く、先住民族法制も進んだ国なのであり、他方、賛成した国々の中には、ヨーロッパ諸国のように自分たちには「そんなの関係ない」と思っている国や、アフリカ諸国のように片端から国際人権条約を批准している(が実施は?という)国も多い。
 このようななかで法的拘束力を持たない国連宣言を国内的に実現していくためには、先住民族には今後これまで以上の努力が求められるというのが実情かもしれない。しかし、少なくとも宣言が国内的基準の定立・改善に向けた政治的・道義的な力となりうることは確かなのであり、民族が自らの体制を整備しつつ、主権国家と戦略的な交渉を進めていくうえでの重要な手がかりとなることは間違いない。
 アイヌモシリで生活していた人々を先住民族という立場に追い込んだ歴史の上に生きている我々としても、その交渉のprocessがsubstantiveにdueなものとなるよう支援していく責務があるのではないかと思う。

1

台湾・国立政治大学原住民族研究中心とアイヌ・先住民研究センターとの交流協定調印式で(筆者右)

 

Research Update

法のもう一つの物語り

林田清明●法社会学 教授

2

 研究対象は目下2つで、法理論としては<法と経済学>と<法と文学>です。両者によって法律の見方が多様になり、その理解が深くなるのではないかと思います。<法と経済学>では、民法領域での経済分析、とくに不法行為や取引におけるリスク分散の方法、情報と法の分野での応用も考えています。

 つぎに、<法と文学>の分野ですが、すでに書いたものをまとめる段階ですが、法解釈論・法的推論への応用で締めくくりをしたいです。できれば、明治刑罰の変遷史や東西の文学作品を利用した法学研究もプランしています。

「法と心理学」事始め

白取祐司●刑事訴訟法 教授

3

 2000年11月、「法と心理学会」が発足した。心理鑑定がきっかけで無罪判決がでたり、裁判員制度の導入などから、法律家としては刑事系の研究者、実務家が多く集まった。私も学会創立時から参加したが、それほど熱心な会員ではなかった。とはいえ、「心理学の方法によって法に関わる現象を見直す」(後藤昭・一橋大)という観点は大変魅力的に思え、翌年から札幌在住の学会メンバー、大学院生等と研究会を開始し、現在も続いている。ところで、北大の実務家教員の嚆矢、渡部保夫教授は裁判官時代、梅田事件の再審で北大の心理学の教授に鑑定を委嘱し話題を集めた。研究者としても、裁判心理学の重要性に早くから気づかれていた。同氏から学んだことは多い。
 本年度前期、松村(千葉大)、仲(北大文学研究科)の両氏と共同で「法と心理学」の講義を初めて開講した。秋には北大で法と心理学会の開催をお引き受けし無事終了した。ただ、この4月に渡部教授がご逝去。学問的にも痛恨の極みであった。

 

Juris Report

センター・講演会
「二風谷ダム判決とその後 -訴訟の舞台裏とこの10年の動き-」

2007年07月24日(火)

スピーカー:田中宏●本学法科大学院教授

 本講演会のテーマは、1997年に札幌地裁で出された画期的な二風谷ダム判決とほぼ同時に成立したアイヌ文化振興法から10年を経て、それらの意義は何であったのか、またアイヌ民族の人々の境遇は改善されたのかということであった。この点を検証するために、二風谷弁護団団長として、アイヌの人々と共に議論を展開された田中宏先生に、当事者こそが知る訴訟当時の経過や争点、苦労話などを改めて振り返っていただいて、この10年間の動向の評価や今後の展望なども率直に語っていただいた。講演では、多くの点で画期的な判決であるにも拘わらず行政からの尊重が全くないことへの疑問が示されると共に、その後のアイヌの人々の法的地位の改善も未だに十分とは言えないことが指摘され、聴衆の大きな共感を誘った。しかし、この講演の後の9月半ばに国連で「先住民族の権利宣言」が採択される運びとなり、今後その影響は少しずつであれ日本社会にも及んでくるであろう。そのときには二風谷ダム判決の意義がいっそう重要なものとして認識されることになるように思われる。

 ※この講演会の記録はACADEMIA JURIS BOOKLET NO.25として2007年12月に刊行されます。

4

センター・講演会
「<労働ダンピング>を考える -弁護士の眼から見る格差社会の現場-」

2007年10月05日(金)

スピーカー:中野麻美●弁護士・東京弁護士会、北大法学部卒

 本講演会は、現代日本における「構造改革」や市場化の流れ、そしてグローバリゼーションの動きを背景として起こっている労働環境の激変の中で、労働の現場には今いったいどのような問題が起こっているのかということをテーマとした。北大出身で弁護士として活躍されている中野氏は、ご自身の著書「労働ダンピング」に言及しながら、特に、労働現場での雇用の流動化、女性を中心としたパート化や派遣労働化の進行の実態を明らかにされ、人間にとって基本的な営みである労働の本来のあり方を取り戻すことの重要性を訴えられた。また、労働問題と共に、ジェンダーに関わる問題、特にDV問題なども触れられて、虐げられた女性の現状への共感と支援の必要性も説かれた。これらの問題のみならず、それは半面では男性がいかに社会・経済的に疎外されているかということの現れでもあるという中野氏の指摘は、聴衆に印象深く残った。北大を出て法曹の世界へ入ろうとする若い人々に、このような平等の探求の姿勢をぜひとも学んでほしいものである。

5

センター・学生向け講演会
「超国家的な法の概念 -A Transnational Concept of Law-」

2007年10月29日(月)

スピーカー:H・パトリック・グレン●カナダ・マッギル大学法学院教授
司会:長谷川晃●高等法政教育研究センター長

 本講演会は、国際政治、国際経済、人権問題、あるいは地球環境問題などをめぐって今や地球規模で広がりつつある新たな法のネットワークの有り様から、もはや単に一国社会の法制度にとどまらない法のあり方をいかに把握するかということがテーマであった。ゲストのH・パトリック・グレン教授は、カナダのモントリオールにあるマッギル大学法学院で長年教鞭を執られてきた、世界的にも著名な比較法・法文化論学者で、今回、北大法学研究科の科学研究費基盤研究S「<法のクレオール>と主体的法形成の研究」プロジェクトの招きで来札された。グレン教授はご自身の論文である「法の超国家的な観念」をもとに、その要点を簡明な形で論じ、特に法形成の軸となっている種々の法伝統の意義と働きを強調された。たいへん興味深い講演であったが、学生・院生の参加者数が今一つ多くはなかったのが本当に惜しまれる。これだけの研究者が講演を行う機会はそう多くはないが、多くの広報活動にも拘わらず学生たちの出席があまりなかったことは残念である。

6

センター・シンポジウム
「<国際研究集会>実効的権利保護論の現代的課題 -仮の権利救済を中心として-」

2007年11月02日(金)

報告者: ヴォルフ=リューディガー・シェンケ(Prof. Wolf-Rüdiger Schenke)
     ●ドイツ・マンハイム大学法学部名誉教授
    笹田栄司●本学法学研究科教授
討論者:赤坂正浩●神戸大学法学研究科教授
    川又伸彦●日本大学法務研究科教授
    人見 剛●本学法学研究科教授
司会: 村上裕章●本学法学研究科教授
共催: 北大法学研究科公法研究会
後援: 社会科学交流江草基金

 11月2日(金)午後2時より、附属高等法政教育研究センターの主催により、国際研究集会「実効的権利保護論の現代的課題―仮の権利救済を中心として―」が開催された(共催北大法学研究科公法研究会、後援財団法人社会科学交流江草基金)。まず、W=R・シェンケ氏(マンハイム大学法学部名誉教授・憲法・行政法)から、ドイツ行政訴訟における仮の権利保護について、憲法及び行政法の観点から最新の議論状況が報告され、次に笹田栄司氏(本研究科教授・憲法)から、ドイツ法と日本法の比較、並びに日本における今後の課題について対照報告がなされた。引き続き、ディスカッサントである川又伸彦(日本大学法務研究科教授・憲法)、赤坂正浩(神戸大学法学研究科教授・憲法)、人見剛(本研究科教授・行政法)の各氏を交え、特に仮の権利保護に対する憲法上の要請の根拠・内容や、仮命令に関する具体的諸問題をめぐって活発な意見交換が行われた。

 

Art&Culture

内田百閒『百鬼園随筆』
(新潮文庫、2002年)

 年末も近づき、何となく慌しい気分になるときにふと読み返したくなるのが、昭和8年に刊行されて一世を風靡した本書である。
 森田草平の鼾が感染したという話や、夏目漱石の死の当日の思い出話など、本書に収められた様々な随筆から立ち上る、どこか稚気に溢れた奇妙な一貫性は、読み手の位相を(ほんの僅かに)揺るがし、しばし呆然とさせる。百閒は、自分が忽せにできないものを忽せにしないだけなのであろうが、そこにこそ本書の真骨頂がある(後に芸術院会員推薦を辞退した経緯につき、是非巻末の解説を参照戴きたい)。
 それにしても、借金取りに追われて苦しんだであろう百閒が、他人に頭を下げて借金をすることが心的修養の機会であり、借金をしない君子などいないと断言するとき、何とも不可思議な説得力がある。編集者からの原稿催促に、あの手この手で期限の延長を頼み込むことが常である筆者にとっては、誠に心強いのであるが、借金とは異なり「更に他人から借りて返す」ことができないことが、筆者が百閒ほどの達観に達し得ない理由かもしれない。

北大法学研究科准教授  深町晋也

8

キリンジ - エイリアンズ (2000年)

 「キリンジ」という兄弟ユニットをご存知だろうか?彼らの曲は、同世代の私にとって、とても大切な世界観を表現している。
 彼らのデビュー当時の曲は、ひらすら言葉遊びだった。歌詞から意味を剥奪する行為をコミカルに繰返していた。しかし、次第に彼らは「ことば」と「世界」を真正面から引き受けるようになった。
 「エイリアンズ」という曲がある。郊外の空虚な夜、世界なんて信じられないけれど、二人だけは存在することを信じ、「月の裏を夢見て」生きようとする。「街灯に沿って歩けば/ごらん新世界のようさ」。
 私はこの曲を聴いて、泣いた。京都の狭いアパートだった。
 キリンジは、ここで止まらなかった。
 彼らはのちに「スイートソウル」という曲を出した。「二人だけの世界」を引き受けた彼らは、世界を引き受け、希望を歌うようになった。
 私は、もう一度、暗いアパートで泣いた。

北大公共政策大学院准教授  中島岳志

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From Abroad

「架け橋になれ!」

眞壁仁(ハーヴァード・イェンチン研究所、客員研究員)

 「ハーヴァード大学において広汎な知的コミュニティを創り、東洋と西洋、古典と現代の知識をめぐって有意義な総合(synthesis)を行う。あなたたち自身の研究を遂行することにより、この課題に積極的に参与し、以後長く担い続けてほしい」。ハーヴァード・イェンチン研究所のディレクターの一人は、多数の応募者のなかからなぜ客員研究員として私たちを選抜したのかを語り、研究員に託す思いをこのよう説明した。

 渡米してから2ヶ月半が経ち、中国・台湾・韓国・ヴェトナム、そして日本からイェンチン研究所に集った同期の研究員たちの問題関心を、私はいまようやく理解し始めたところだ。初めて海外に長期滞在する者にとって、他の留学経験をもつ研究員たちに交じり、つたない英語で議論をするのにストレスを感じない日はない。
 ハーヴァードでの私の日常は、想像されるような「研究三昧」の生活とはおよそかけ離れている。毎週水曜にハーヴァード大学の教員を一人招いて話しを聞くイェンチンのランチトークのほか、毎週いくつも開催されるライシャワー日本研究所やフェアバンクセンターのセミナーのうち関心があるものに出席する。しかし、語学力の向上も期して、特に今学期は、正義論(Prof.M.Sandel)、中国古典の倫理と政治理論(Prof.M.Puett)、近現代アメリカ社会思想史(Prof.J.Kloppenberg)、そしてアメリカにおける近代日本史研究の方法論(Prof.I.Miller)をめぐる学部や大学院の授業に出席し、その準備に多くの時間を割いている。どの授業もネイティヴの学生たちでも消化仕切れないほどのreading assignmentが課される。PhDコースの学生に交じりときに発言を求められる少人数の演習では、私も毎週緊張を強いられ、すでに学期末に提出するリサーチ・ペーパーの執筆準備にも着手した。
 ただし、単位取得を目的に大学院生として留学するのとは異なり、「世界水準の先端研究の成果」を一方的に学習すれば済むわけでなく、私に求められているのは、これらの刺激を受けて、日本の研究者としてどのような対話と「意味ある総合」を行うことができるかであろう。
 イェンチン研究所の魅力は、豊富な知的資源のもとで、上記の課題を担おうとする30代から40代前半の比較的若い研究者たちとの交流の機会に開かれ、それを積極的にサポートしてくれることにある。研究所では、今年度も各種の研究会が研究員の発意で自主的に組織されたが、その一つで、私が調整役になり月二回行っている「前近代日本と東アジア」の研究会には韓国・台湾・アメリカの研究者も加わり、毎回一人のメンバーが自身の研究を報告し、それをもとに議論を重ねている。
 研究者の対話の機会はこの大学内に限らない。すでに決まっているところでは、東海岸の研究者たちを中心に行われる「近代日本史研究ワークショップ」に出席するために来月半ばにダートマス大学に、また来春には全米アジア学会で報告するため、研究所からの支援を受けてアトランタへ飛ぶことになっている。もちろん勉学ばかりでなく、各地から集った研究者のお宅に招かれて各国料理をご馳走になったり、また逆に我が家で和食を振る舞ったりする家族ぐるみの付き合いも盛んである。間近に迫ったThanksgivingの夕食は、親しくなったハーヴァードの若手教員のお宅にひとり招待されている。十分なコミュニケーション能力をもたないにもかかわらず、意欲だけ旺盛な者を、一人の研究者として遇し、歓迎してくれるアメリカの知的コミュニティの懐の深さを思わずにはいられない。
 在外研修の任期を終えたあとも長く研究交流ができる人的ネットワークを築き、近い将来、アメリカと東アジア諸地域の研究者たちを、日本の札幌でつなぎたい。イェンチン研究所と北大から与えられたこの機会を存分に活かし、いまからその実現を夢みている。

10

Harvard-Yenching Library前の狛犬で、Harvardに滞在された方々には一目でそれがYenchingのものと分るほど、有名なシンボル

 

Information

  • 12月14日(金)に講演会「ウェブ社会の現在と未来」を予定しています。ウェブ社会論で活躍する鈴木謙介氏と本公共政策大学院の中島岳志氏が若い世代の社会・秩序感覚をめぐって対談を試みます。
  • 12月15・16日(土・日)は、北大アイヌ・先住民研究センターの「アイヌ文化振興法10年」を考えるシンポジウムを共催します。アイヌ民族のこれからを探るために意義ある試みになるでしょう。

 

Staff Room●Cafe Politique

M a s t e r● センター長を務めて3年8ヶ月、そろそろお役ご免の時も見えてきたこの頃。例によって一杯のコーヒーをすすりながら、反省と共にどのようにセンターの活動を引き継ぐか、ふと思いを巡らすことも出てきた。

G a r s o n● 平成人ではない私は「スイッチ一つ」ではないもので暖をとりたい。センター長室にある、家にはない沸騰ポットは便利だが、それではない方法で温かい飲み物を用意したいとあまのじゃくなことを思ってしまう。

 

Hokkaido University ●The Advanced Institute for Law and Politics

J-mail●第25号
発行日●2007年11月30日
発行●法学研究科附属高等法政教育研究センター[略称:高等研]

〒060・0809 ●北海道札幌市北区北9条西7丁目
Phone/Fax●011・706・4005
E-mail●jcenter@juris.hokudai.ac.jp
HP●https://www.juris.hokudai.ac.jp/ad/

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